帰還者たちは、この世界で再び戦う

七倉イルカ

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ナッツくん

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 由美香は、壁にしがみつくような姿で、手足をガクガクと震わせながら立っていた。
 壁に頬をこすりつけ、ナッツたちに背を向けながら、揺れる右手を背後に向けようと必死になっている。
 右手に握りしめた拳銃は、離していなかった。
 普通なら立てない。
 視界がぐるぐると回り、際限なく床が傾いていく感覚に襲われているのだ。
 戸倉のように、床でうごめくことしかできないはずである。
 それが立っている。
 しかも、自分に拳銃を向けようとしている。
 ……怖っわ。
 ……もう、あまり由美香ちゃんをからかうのは止めた方がいいよな。

 井沢が立ち上がると、由美香の手から無造作に拳銃を奪い取った。
 「ナッツくん、サキくんと敵対するつもりは無い」
 井沢がそう告げると、由美香は一気に脱力したように見えた。
 体をグルリと回すと、壁に背をつける。
 そのまま背中を滑らせ、ストンと床に尻もちをついた。
 床でもがいていた戸倉も、動きが穏やかになっていく。

 「サキくん。
 ナッツくんと二人だけで話をしてみたい。
 許可をもらえるかな?」
 「……好きにしろ」
 
 そう答えたサキは、壁の一面を指さし、小さく呪文を唱えた。
 そこにドアが浮かび上がる。
 「感謝する」
 井沢がドアを開けた。

 ナッツの位置からは、新しいドアの向こうが見えた。
 ドアの向こうは、今いる部屋と同じ大きさ、同じ作りの部屋であった。
 テーブルがあり、三対の椅子が置かれている。
 「ナッツくん」
 井沢がドアの前でうながした。
 新しくできた部屋に入れと言っているのだ。

 「おれは「くん」づけで呼ばれるのは、好きじゃないんだよ」
 ナッツは、椅子に座ったままで言う。
 井沢に従う義理は無い。

 「ナッツ。
 中で待っている」
 ナッツを呼び捨てにした井沢は、返事も待たずに、新しい部屋へと入っていった。

 「……マジかよ、あのおっさん」
 呆気にとられたナッツは、アイクに向かって訴えた。
 「普通、ああいう風に言われたら、呼び捨てじゃなくて「さん」づけにするんじゃないのか?」
 「分かった。お前が正しい。
 だから、早く部屋に入れよ」
 アイクが笑いながら言う。
 仕方なく椅子から立ったナッツは、新しい部屋に向かった。
 後でアイクが「いい弟子を持ってるな」と、サキに声を掛けているのが聞こえる。

 部屋に入るとドアを閉める。
 井沢は、すでに椅子に座っていた。
 ナッツはテーブルを挟み、井沢の斜め向かいに座った。
 「で、話って?」
 不愛想に言う。

 「サキくんが我々に協力できないと言うのであれば、無理強いはできない。
 ただ、魔族に手を貸すようなことがあっては困る」
 「それは、おれじゃなくて、当人に言うべきだろ」
 「サキくんが目覚めた後、三度、ご両親が来られたが、サキくんは対話を拒絶している。
 わだかまりがあるようだ」
 井沢は、ナッツの言葉を無視して、そう続けた。
 「……」
 ナッツとしては、サキに力を貸してあげたいと思うが、現実世界でのリアルな問題ごとを出されてもどうしようもない。
 ここでは、ただの高校二年生なのだ。
 「一時的にで構わないが、ナッツがサキくんの保護者を務めてくれないか」
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