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駆け引き
しおりを挟む「凄いな」と、アイクが感心した声をあげた。
「音だろ。
テーブルを叩く音に何かを仕込んだのか?」
ナッツの手をあっさりと見抜いた。
「正解。
音の中に『紋様』を溶かし込んだんだよ。
殺意を向けたら、三半規管が震えて平衡感覚が狂う固着性のリズム。
今は二人とも、シェイカーの中に放り込まれたように目が回ってるぞ」
ナッツは指先でテーブルを叩くことを止めた。
それでもコツコツコツという音は鳴りやまない。
「……それは、どうなってんだ?」
アイクが、さすがに驚いた顔になった。
「秘密」
「ナッツくん」
床でもがき続ける部下を無視し、井沢が口を開いた。
「君が言いたいことはわかる」
さっき、『お前ら、おれを殺そうとしたのか?』とナッツが口にした言葉に対して、その意味を理解していると言ったのだ。
「『違う』とだけ答えさせてもらう」
「ウソをつくと、舌を引き抜く地獄の魔物を召喚してもいいか?」
「構わないよ」
井沢は口の端で、ちょっとだけ笑った。
ナッツはアイクを見た。
「アイク。
あんたはどうするんだ?
こいつらに協力するのか?
……と言っても、もう協力しているみたいだけどさ」
「おれは、家族が守れればいいんだよ。
『命』という意味だけじゃない。
『暮らし』や『将来』『幸せ』も含めてな。
侵入してくる魔族が、それらをぶっ壊そうしてくるなら、日本政府と協力して撃退するさ」
アイクの答えは、シンプルなものであった。
「サキくんにも、少しいいかな」
井沢が口を挟んだ。
「……」
「きみがどういうつもりで、私たちを拒絶し、魔族と手を組むと言っているのかは分からない。
ただ、きみの力が魔族側につくと、とてつもない被害が出るだろう。
このような言い回しは好きでは無いが、君の大切な人たちも困ることになるんじゃないのかね?」
「大切な人などいない」
「いるさ」
井沢はサキの答えを否定した。
「アイク。そして、アイクの家族。
ナッツくん。そして、彼の家族……」
井沢のひどい搦手に、サキは黙り込んだ。
そのとき、井沢の背後で信じられないことが起こっていた。
由美香が何度も足を滑らせながらも、壁にしがみつくようにして立ち上がり始めたのだ。
「くっ、かっ」と呻き、何とか体のバランスを取ろうとしている。
右手には、まだ拳銃を握っていた。
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