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討伐戦・最終局面

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 本陣に詰めていた転生者は、コハルと呼ばれる白魔導士であった。
 現実世界へ帰還した後、コハルの口から語られた、ジェーマイン討伐戦の最終局面は、強烈なものであった。

 多国籍軍の統合本陣は、巨大甲殻蟲・ザルバルルーザの背に構えられた。
 ザルバルルーザは、全長約220メートル。最大幅約120メートル。体高約60メートルの巨大な生物である。
 木の根のような何百もの節足を動かして移動し、その背は岩山のようであり、甲殻の厚みは400センチを超えると言われている。
 
 遠目で見ると動く山のように見え、実際、その背には無数の動植物が棲みつき、独立した生態系が完成している。
 多国籍軍は、この背に強固な本陣を設置した。
 
 ザルバルルーザは、八人の獣操士によって制御され、魔王軍の攻撃が届く前線まで押し出してきた。
 指揮のためだけではない。
 士気をあげるために、本陣が前へと出てきたのだ。
 さらに、ジェーマイン暗殺成功と同時に、戦況をひっくり返し、一気に勝敗を決めるためでもあった。
 
 指令室の中央には、大きな円形状の台座があり、その円周には、等間隔で水晶球が設置されていた。
 それぞれが、各暗殺パーティに配られた、輝追石にリンクした水晶球である。

 円形台座の真ん中には、約2メートルの高さで、魔王殿の立体映像が投影されていた。
 縮尺で表せば、50分の1ほどのサイズである。
 ただし、立体映像と言っても、内部構造はまったく判明していないため、表面部をワイヤーフレームで結んだ映像になっている。
 この立体像を安定させているのが、コハルであった。

 ワイヤーフレームで出来た魔王殿の内部を、幾つもの光点が移動していた。
 陸上決戦とは別に、魔王殿へ潜入した、暗殺パーティのメンバーたちの位置を表す光点である。
 各パーティの人数は5~7名。
 潜入したメンバーは、全員で76名。
 しかし、すでに移動する光点は、6つにまで減少していた……。

 「ダルトンの反応が消失しました!
 ギャラガ小隊全滅です!」
 観測兵の一人が、悲痛な声で報告する。
 「絶海衆、クビラの反応が消えました。
 ……全滅です」
 「ムラサキが落ちました!
 ジンゴット隊も、全滅、です……」
 観測兵の報告が続く。
 もはや、潜入チームそのものが、全滅寸前であった。

 そこに、通信兵が飛び込んできた。
 「エリアD7。新たに巨人兵団が出現。
 支えきれませんッ!」
 人類側は、地上戦においても全域に渡って、苦戦を強いられていた。

 「私が出る」
 後ろに待機していた青年が、立ち上がった。
 見事な黄金の鎧を身に着けている。

 「王子……」
 総司令官が、硬い表情で青年を見た。
 青年は、カリーナム王国の第3王子であった。

 「隣のD8には、カリーナムの騎士団がいる。
 騎士団を指揮し、巨人兵団に横撃を掛けて、蹴散らしてやる」
 王子は勇ましく言う。

 しかし、無理なことは王子自身も知っているはずであった。
 率いていけるのは、近衛兵が30騎ていど。
 戦場についても、カリーナムの騎士団が、どれだけ生き残っているのかは分からない。
 待っているのは、戦死である。

 ただ、王子が現れれば、前線の士気はあがる。
 士気があがった分だけ、軍の崩壊をわずかでも先延ばしできる。

 すでに大ヤマト帝国の皇子、ラドムダムの王子、ワゾン王国においては、国王自らが、戦線へ身を投じている。
 母国に残っているのは、戦後の王国再建のために必要な王族だけである。
 戦える国王、王子たちは、捨て駒に近い役目を負って、戦場に立っていた。

 「王子。私もお供いたします」
 コハルが魔王殿の投影台座から離れ、ゆっくりと王子に近寄った。

 「何を言うか、コハル。
 そなたには、ここで役目があろう」
 王子が首を振る。
 「すでに、映像は安定しております。
 私の魔力が無くとも、問題ありませぬ」
 コハルも死を覚悟していた。
 そして、死ぬならば、王子の盾になろうと決めていた。

 「……暗殺パーティは!?」
 総司令官が、観測兵たちに鋭く問うた。

 「ジュウザの反応が消失……。
 裏柳生、全滅です」
 「……ぐッ」
 返ってきた観測兵の言葉に、総司令官は歯を軋らせた。

 「誰が残っている?」
 「リベック・ファミリーのサキ・リベック。
 光翼戦士団のアイク・アモンの二名です」

 観測兵の言葉に、別の観測兵の言葉が悲鳴のように重なった。
 「だ、だめです!
 サキ・リベックが落ちました!
 リベック・ファミリー全滅です!」

 王子もコハルも、強張った顔で立体映像を見た。
 「ですが……、アイクは、最上階に迫っています。
 おそらく、あと一層か二層で、魔王の間に到達します」
 観測兵が荒い息をつきながら言う。

 魔王殿の立体映像の最上部付近で、ひとつだけ残った光点が、明滅していた。
 人類にとっての希望の光であった。
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