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剣聖超え

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 ……13年。
 サキの答えに、ナッツは絶句した。
 0歳からの13年ではない。15歳からの13年なのだ。
 記憶や体験の厚みや多彩さを考えれば、人生の軸が、現実の世界から転生界に移っている長さである。

 アイクも言葉を失っている。
 ナッツが視線を移すと、井沢さえも、表情を硬くしているのが見えた。
 サキが目覚めてからの三日間で、転生界での滞在期間を聞き出せず、今、初めて知ったのであろう。
 そして、おそらく、これほどの長期間に渡って、転生界に滞在した帰還者は、いなかったのであろう。
 井沢の表情から、それが読み取れた。

 「なるほど」
 と、場違いなほど、のん気な声がした。
 戸倉である。
 「サキさんは、時間律に存在する肉体がどーこーとかいう仮説の体現者だね」
 「戸倉くん」
 由美香が、とがめるように戸倉を呼ぶ。

 「あれ? 由美香先輩、知りませんか?
 ほら、転生界で過ごした時間は、こちらの世界に残った肉体の成長、老化に影響しないとか言う仮説。
 サキさんほど、極端な例は無かったはずでしょ」
 まるで気にせず、戸倉が続ける。
 とがめられたとは、思っていないようであった。

 「これって、意図的に調整できるようになれば、不老長寿への新しいアプローチになるんじゃないかな」
 「口を閉じろ、戸倉」
 井沢が鋭く叱責する。

 「あ……、すみません」
 ようやく空気を読んでいなかったことを理解したのか、戸倉はバツが悪そうな顔をして口を閉じた。
 「あんた、もうちょっと緊張感を持ちなさいよ」
 由美香が、戸倉を横目で睨みながら囁いた。

 テーブルの向こうのやりとりを聞き流していたナッツは、何か引っ掛かるものを感じていた。
 井沢や戸倉に対してではない。
 アイクに対してである。

 勇者アイク・アモン……。
 光翼戦士団のリーダー。剣聖を継ぐ者。ボクデンを超えた剣士……。
 ……待てよ。
 ナッツは、何に引っ掛かりを感じていたのかが分かった。
 「ちょっと待った。
 アイク、あんたの話はおかしいぞ」

 「おれの話が?」
 ナッツの言葉に、アイクがキョトンとした顔になった。
 井沢たちやサキも、怪訝そうな顔になってナッツを見る。
 「師匠も気づいてないんですか?」
 「だから、何がだ?」
 
 「アイクの経歴は知っていますよね。
 カシマ流剣術の免許皆伝者。
 わずか十代で、師である剣聖ボクデンを超えたと言われる天才剣士」
 「……ああ、そういう事か」
 ナッツの言いたいことを察したのか、サキは小さく頷いた。
 なぜか、少し苦笑している。

 ナッツは、サキからアイクへ視線を移した。
 「アイク。あんたは、どう見ても三十代だ。
 十代で剣聖ボクデンを超えたんなら、三ヶ月前じゃなく、少なくとも十年以上前に、転生界へ移っていないとおかしいんじゃないのか?」
 「あ、それね。うん」
 アイクは決まり悪そうに笑い、頭をかきながら続けた。

 「十代でボクデン先生を超えたって話ね。
 それは、ウソなんだよ」
 「ウソ……?」
 あっさりとした返答に、ナッツは間の抜けた声を出してしまった。

 「転生して、ボクデン先生に師事したのは本当だ。
 一年ほどで、免許皆伝を得たのも本当。
 ただ、それは十代じゃなくて今のおれ。
 転生した、三十代のおれのことだよ」

 「そ、それは、勇者として、どうなんだ? 
 そー言うウソをつくのは、ほら、道徳的にいかがなものか?」
 勢い込んで指摘したことを「ウソ」の一言で引っくり返されたナッツは、うわずった声で、思わず食い下がった。

 「そう言われても、その噂は、おれじゃなくて、ボクデン先生が広めたウソだから」
 「剣聖が? 
 有名なじいさんだよね」
 ナッツの言葉に答えたのは、アイクではなくサキであった。

 「ナッツ。ボクデンさんは、アイクに限らず、育てた弟子を他国へ紹介していたのは知っているか?
 アイクは、そのツテで、ヴァナス王国へ仕官したんだよ」
 「その通り」
 サキの向こうで、アイクが頷く。

 「でも、無料で紹介するわけじゃない。
 腕の立つ弟子を紹介すれば、それなりの金額を相手の国からもらうことになる」
 「金を取るの?」
 サキの言葉に、ナッツの中で剣聖のイメージが壊れていく。

 「お前は意外とウブなところがあるな。
 斡旋料だよ。
 ボランティアじゃないんだから当然だろ」
 サキは、少しあきれたような顔になって言う。
 「剣聖ボクデンの高弟を家臣として迎え入れることになれば、その国は、戦力だけじゃなく格が上がる。
 ただの高弟じゃなく、免許皆伝、十代でボクデン超えなどのオプションをつければ、さらに格が上がる」
 ……オプションって、なにそれ。
 深夜の通販番組のノリなのか?
 ナッツの中のボクデンのイメージは、剣聖ではなく商人へと変わっていく。

 「格が上がれば、斡旋料もあがり、仕官した高弟の待遇も上がる。
 win-winの関係で、悪い話じゃないだろ」
 サキにそういわれたナッツは、屋上で交わした、アイクとの会話を思い出した。


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