帰還者たちは、この世界で再び戦う

七倉イルカ

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奇妙な空間

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 あまりのことに、全員が固まった。
 集まる視線の中で、サキは、これも実体化しているドアレバーに手を伸ばす。
 ドアレバーを下げ、ラッチを解除すると、当然のようにドアを開いた。

 ……!
 我に返った小銃手たちが、反射的に小銃を構える。
 5.56mmの銃口が、ドアの向こうの空間に狙いをつけた。

 「物騒なモノを出すなよ」
 振り返りもせずに言ったサキは、大きく開けたドアから、中へと入っていった。

 ドアが実体化したのは、窓側の壁である。
 本来なら、サキが移動した位置は、三階の高さにある何もない空間であるはずだが、ドアの向こうは、三十畳ほどのホールになっていた。

 夏樹は、出現したホールをのぞき込んだ。
 スティングレイと同じ? いや違うか……。
 別の空間に繋げたんだろうけど、規模がでか過ぎだよな。
 どうやって安定させてんだろ?

 ホールは円形であった。天井は十分な高さがある。
 ほぼ白一色で、照明は見当たらないが、天井や壁自体が、ほどよい光量で発光している。
 ホールの中央辺りまで進んだサキが、こちらに向き直った。
 井沢に視線を合わせる。

 「どうした、入って来ないのか?
 ここに入って出入り口を閉じれば、まず魔物は侵入できないぞ」
 そう言ったサキは、ニッと意地悪く笑った。
 「遠慮せず、入って来い」
 井沢を試しているようであった。

 私を信用するなら入ってこい。
 入って来なければ、互いに信頼関係は築けないということだな。
 そのような意味を含めて、入ってこいと言っているのだろう。

 「……では、おれから」
 アイクが先に入ろうとしたが、井沢が軽く手を挙げて、それを制した。
 「私が入ろう」
 そのままドアを通って、井沢は広いホールへと足を踏み入れた。

 へーー、口先だけじゃないんだ。
 夏樹は、少し感心した。
 サキの機嫌によっては、魔物以上に剣呑な場所になる可能性があるホールに、井沢は、ためらいなく入ったのだ。
 
 「ほかの人間も構わないかね?」
 ホールの中央辺りで、井沢がサキに尋ねる。
 「いいよ」
 あっさりと井沢が入ってきたためか、サキは、ちょっとつまらなさそうに頷いた。
 怖気づく井沢をからかいたかったのかも知れない。

 「分隊長。ドアの前に二名を残して入って来い」
 井沢が自衛隊員に命令をする。
 「はッ。了解しました」
 自衛隊員がてきぱきと動く。

 「安全と言うなら、おれの家族もいいのかな」
 「もちろんだ」
 サキはアイクの家族の入室を認め、夏樹にも入るように命じた。
 さらに、由美香と若い黒スーツも入ってくる。

 「凄いな。
 こんな魔法は初めてみたよ。
 ナッツの師匠は、賢者なのか?」
 アイクが子供たちと共にホールを見回しながら、夏樹に聞いてきた。

 「いや、盗賊だよ」
 正直に答えると、アイクは丸くなった目を夏樹に向けた。
 「そ、そうか……」
 「しかも、まだ15か16歳」
 「お、おう……」
 引き気味になっているアイクであった。

 サキが手を振ると、ドアは閉じられた。
 閉じたドアは、薄れていくと、数秒で消失した。
 これでこのホールは、外界と遮断されたことになったのであろう。
 つまり閉じ込められたことになったのだ。

 井沢と若い黒スーツ、自衛隊員たちは、内心はどうあれ動揺を表さなかった。
 子供たちは「ドアが消えたよ!」「すごー-い!」と無邪気に喜び、アイクの妻と由美香だけが「ドア!?」「ド、ドア!」と半分パニックになりかけた。

 アイクが妻をなだめる間、サキはホールの壁に新しいドアを出現させ、そのドアを開いた。
 「うわああ!」
 「すっごー-い!」
 子供たち二人は、新しいドアの向こうを見て、目を輝かせた。

 そこは、チャイルド・プレイルームとなっていたのだ。
 カラーボールが溢れるほどに入った大きなプール。
 その中に設置された、蛇行する滑り台とジャングルジム。
 四つん這いで潜れるトンネルに繋がった小さなお城。
 カラフルなソフト・ブロックでできた大きな積み木。
 アイクの子供たちは、歓声を上げて、ボールブールに飛び込んでいった。

 「お母さんも、この部屋へどうぞ。
 自衛隊員は、このホールに二人が待機、あとは、この部屋で子供たちの相手だ」
 サキが分隊長に命令する。
 井沢が小さく頷くのを確認した分隊長は、サキに従うよう、隊員たちに命令した。

 「おっさん、おっさん。
 あんたまで入ってどうすんだよ」
 子供と一緒に遊ぶため、しれッとチャイルドルームに移動しようとしたアイクを、サキが呼び止める。
 
 そして、サキは、ホールにもうひとつのドアを実体化させた。
 中は殺風景だが、長方形のテーブルを囲む、会議室のような作りになっていた。
 「ほら、安全は確保したぞ。
 今からこの部屋で、色々と話を聞かせてもらおうか。
 ……包み隠さず、正直にな」
 井沢を見据えたサキが、冷たく付け加えた。

 「了承した。
 では、改めて一人ずつ、面談をしよう」
 「全員でだ。お前は、信用できない」
 井沢の提案をサキは一蹴した。

 井沢が答えないでいると、サキは近くの壁に人差し指を当てた。
 「条件が飲めないなら、ここにドアを作って、私だけが出ていく。
 それとも、化け物の群れがいる場所に、このドアの向こうを繋げてやろうか」

 緊張した沈黙がホールに満ちた。
 その中で、夏樹が咳払いをした。
 みんなの注意を集めてから、ゆっくりと忠告する。
 「え~~と、師匠は本気です。
 対応を間違うと、たぶん死人が出ます」

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