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小さな面会者
しおりを挟む「私も、詳しいことは知らない」
視線を前方に戻したサキが、素っ気なく答えた。
夏樹とサキの前には、アイクと由美香が歩き、その前には井沢と若いスーツがいる。
この順番で、前後を自衛隊員に護られながら、階段を降りているのだ。
どうして師匠は、こんなにイラついてんだろう?
夏樹は、サキの表情を盗み見て、不思議に思った。
転生界で過ごしたときは、たしかにサディスティックで傲慢なところはあったが、今のように不機嫌で、ピリピリした感じはしなかった。
どちらかと言えば、陽気に無理難題を押し付けてくるタイプであった。
「パパだ!」
「パパ!」
三階まで降りたとき、子供の声がした。
夏樹とサキは、声のした方を見た。
階段につながる三階フロアの通路に一人の女性が立っており、その女性の元から、二人の子供が転がるように駆け寄ってきた。
この三人にも、自衛隊員の警護がついている。
「リク、ソラ!」
歩み出たアイクが通路に進むと、しゃがみ込んだ。
そのアイクに向かって、駆けてきた男の子と女の子がぶつかる勢いで抱きついた。
「いい子だったか?」
二人の子供を軽々と抱えて、アイクが立ち上がった。
嬉しそうな顔になっている。
父親の顔である。
家族か……。
夏樹はアイクの肩越しに見える、男の子と女の子を眺めた。
アイクは、こっちでは結婚していたんだ。
男の子は三歳ぐらいかな。
女の子の方が、少し年上か。
「あなた。危険な生物が現れて、戦ったって聞いたんだけど……」
子供たちに追いついた。妻らしき女性が、不安そうな顔でアイクに言った。
線の細そうな美人である。
「ああ。でも、もう大丈夫だよ」
アイクが笑みを浮かべて言う。
「ねえ、やっつけちゃったの?」
「もちろん」
女の子に問われて、うなずくアイク。
夏樹は、サキに視線を移した。
「家族の面会かあ。
アイクって、結婚してたんですね。
師匠は?」
「お前な、私が結婚できる年齢にみえてたのか?」
サキが眉の間に縦ジワを刻んで、見上げてきた。
「あ、いや、そうじゃなくて、師匠の家族は、面会にきましたか?」
「うるさいよ」
会話は断ち切られてしまう。
今の質問、地雷だったかったな……。
夏樹は、話題の選択を後悔した。
「せっかく意識が戻ったのに……。
どうして、あなたが、こんな危険なことを……」
「心配ないよ、ママ!」
「パパは強いんだよ!」
両手で顔を覆った女性を子供たちが励ます。
「一番強い、チョー満員って言う魔王をやっつけたって聞いたでしょ」
「スバーーンって、やっつけたんだよ」
ハイハイ、ソーイウコトニ、ナッテンダネ。
苦い顔になった夏樹の前を通り抜け、井沢がアイクの妻に近寄った。
「緊急事態により、これより施設を移動することになりました。申し訳ありませんが、本日の面会は中止とさせていただきます」
「パパ、どっかに行っちゃうの?」
「あたしも一緒に行く!」
子供たちが泣き出しそうな顔で騒ぎ始めた。
「一緒に連れて行ってあげたいけど、危ないからね」
子供たちをなだめようとした井沢の言葉に、妻が反応した。
「やっぱり、危険なんですか!」
「万が一を想定してのことです」
井沢が困ったように答え、アイクも「心配ない」と妻をなだめ始めた。
「グダグダだな」
そう呟いたサキが通路に出た。もめている井沢たちに近づく。
「師匠」
思わず夏樹も、その後を追う。
「なあ、ここは重要施設のひとつと思っていたんだが、警備は、ザルだったのか?」
「そんなことはない」
サキに視線を向けた井沢が答える。
「警備は万全を期していた。
しかし、面会者に擬態した魔族の侵入を許したのも事実だ」
井沢の視線が、夏樹に向いた。
えええええええ!
おれのせいっぽくなってんのか?
ちげーだろ、ザルだろ、ザル。
警備がザルだっんだろうが。
夏樹は顔をひきつらせた。
「移動先の施設の警備が、ここより強固と言う訳でもないんだな。
それなら、どこに移動しても同じだろ」
サキは二回りほど年の離れた井沢を相手に、対等以上の話し方をする。
「別の良い方法があるということですか?」
「私が安全な場所を作ってやるよ」
サキが、無造作に言った。
「作る?」
井沢の疑問には答えず、サキは横の壁に人差し指をあてた。
目を閉じる。
井沢、アイクの妻、アイクの子供たちまでもが黙り込む。
数秒後、「ッ!」「……え?」「なに?」「あれ?」と、この場にいた全員が驚きの声をもらした。
サキが指をあてていた壁に、じわじわとドアが浮かび上がり、実体化したのだ。
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