帰還者たちは、この世界で再び戦う

七倉イルカ

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年下の師匠

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 「……特殊なエサを与える?」
 夏樹は答えた。
 言い切る自信はなく、問い掛けのようなイントネーションになってしまう。

 知識があったわけではないのだ。
 今、目の前で、サキに肉片のようなものを与えられたケルベロスが大人しくなった。
 ただ、それだけが根拠である。

 「見たままを答えやがって……」
 サキが舌打ちしそうな顔で言う。
 「まあ、いい」
 お咎め無しに、夏樹は安堵した。

 「ケルベロスは、甘い菓子に目がないんだよ」
 サキは半身になると、斜め後ろに右手を伸ばし、くつろいでいる魔犬の頭をなでた。
 「楽器なんて洒落たものは扱えないけど、私が、食べ物に色々と細工をするのが得意なことは、知っているだろ。
 こいつはもう、私の作った甘ったるい肉の奴隷だ」
 
 サキは薄い笑みを浮かべて怖いことを言うと、ケルベロスの頭をポンと軽く叩いた。
 ケルベロスは、一瞬で姿を消した。
 本来、いるべき場所に戻ったのであろう。
 
 なんとも言えない空気になった屋上に、パタパタパタという独特な音が近づいてきた。
 ヘリコプターのローターブレードが、空気を叩く音である。
 夏樹が視線を向けると、距離を置いた三機のヘリが接近してくるところであった。
 
 機体にゴテゴテと武装された、無骨なシルエットをしている。
 攻撃ヘリコプターAH-64・アパッチであった。
 AH-1S・コブラの後継機として、マクドネル・ダグラス社が開発した戦闘ヘリであり、日本は一機約80億円で購入し、2005年から配備を始めた。

 配備されたのは、わずか十三機。本来は、陸自西部方面隊配備されている。
 何機かが首都圏に移動したのであろうが、そのうちの三機が集結しているのは、よほどの事態ということである。

 さらにアパッチより離れた場所にも、スマートな機体のヘリが現れた。
 こちらは国産の観測ヘリコプター、OH-1・ニンジャである。

 ヘリが一定の距離を置いてホバリングを始めると、塔屋のドアが開き、完全武装の陸上自衛隊員が現れ、素早く展開した。
 塔屋とは、屋上に出るためのドアがある小屋のことである。
 
 八名で構成された小銃小隊であった。
 その内三名は、ポリカーボネート製の透明な防弾盾を構えている。
 彼らの後ろに、スーツ姿の井沢がいた。
 そして、もう一人、見たことの無い男が、井沢の横に立っていた。

 由美香同年代、二十五、六歳であろうか。
 井沢と同じくダークグレーのスーツを着ている。
 目が細く、それが笑っているように見える。
 由美香とは違い、緊張感に欠け、どこか軽薄な感じのする男であった。

 安全を確認したのか、井沢と若い男が前に出てきた。
 井沢はサキに視線を向けた。
 数瞬、視線を留めたが、結局は何も言わずに、由美香に視線を移した。
 「呉原。状況説明」

 「はい。
 相沢夏樹くんの両親に擬態した魔族が二体、施設内に侵入。
 交戦の末、中庭にて、二体の殺害に成功しました。
 しかし、一体が死ぬ間際にケルベロスを召喚し、再び交戦。
 屋上に退避するも、ケルベロスは追撃。
 現れたアイク氏が、これを撃破。
 その後、彼女がケルベロスを復活させ、異世界へ送還しました」
 由美香が簡潔に答える。

 うん。その通りだよな……。
 でも、その説明だと、おれは全く活躍してないみたいだよな。
 夏樹は納得のいかないものを感じて、口をヘの字にする。
 
 「加勢を感謝します。
 アイクさん。……サキくん」
 井沢がアイクとサキに対し、軽く頭をさげた。

 うっわ。
 やっぱり、おれには何も無しかよ。
 感謝は無くても、警備の不手際を詫びるとか、そーいうのがあって、然るべきじゃねェのか? ったく。
 夏樹は、さらに口を歪めた。

 「ともかく、安全な場所を移動しましょう」
 井沢にうながされ、夏樹たちは、塔屋から施設内へと戻った。
 前後を自衛隊員に護られながら、エレベーターを避けて階段を降りていく。

 夏樹は、サキの横に並んだ。
 「ねえ、師匠。
 師匠って、こっち側の人間だったんですね。
 おれは、てっきり転生界の住人だと思ってましたよ」
 「……リーザは?」
 夏樹の軽口を無視して、サキが問う。

 「……元気でしたよ」
 夏樹は、リーザの優しい笑顔を思い出して答えた。
 サキは、リーザのことを知っている。
 そもそもサキの元で、夏樹はリーザと出逢ったのだ。

 もう一度会いたい。いや、必ず会うと改めて決心したとき、サキから届く冷たい怒気を感じた。
 サキが横目で、こっちを見上げる様に睨んでいる。
 「でした……、だと? 
 お前、リーザと別れたのか。
 まさか、リーザの生死も分からないとか言うんじゃないだろうな」
 
 「いや、待って!
 待ってください!」
 リーザの笑顔が脳裏から消し飛び、夏樹は慌てて説明をした。
 「死んだから、おれ」
 夏樹は自分の顔を指さし、必死になって言う。
 「死んだから、こっちの世界に戻ってきたんでしょ。
 リーザは、あっちの世界にいますよ。
 おれが死ぬ寸前まで一緒にいました。
 でも、この状況じゃ、リーザは元気ですと言うのは、おかしくないですか?」

 「……それもそうだな」
 サキからの怖い圧が消えた。
 そう言えば……。
 師匠がここにいるってことは、師匠も転生界で死んだのか?
 尋ねてみたいが、地雷を踏むことにもなりかねない。
 夏樹は別のことを聞いてみた。

 「おれ、数時間前に目覚めたばっかりで、細かい状況がさっぱりなんです。
 師匠はどこまで知っていて、どこまで理解しているんですか?」
 

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