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タコとイカとホタル
しおりを挟む再会した母親が、目の前で魔族に変じたことで、夏樹は一瞬、パニックに陥りかけた。
が、すぐに自分の手の平に残っていた、『紋様』の効果だと気づいた。
気づいた時、夏樹の背後で、銃声が立て続けに響いた。
母親に擬態していた魔族が壁際まで吹き飛び、続いて父親が膝を着く。
「!」
夏樹が振り返ると、由美香が拳銃を構えていた。
銃口から硝煙が立ちのぼっている。
夏樹の見ている前で、さらに由美香は引き金を絞った。
「がはッ!」
聞こえた声に、夏樹はまた顔を戻した。
父親が引っくり返っていた。
いや、正確には、父親に擬態していた魔族が、由美香の銃撃で撃ち倒されたのだ。
つまり、こういうことだ。
母親に扮していた魔族が正体を現した瞬間、由美香は銃を抜き放ち、発砲したのだ。
魔族の頭部に二発、胸部に二発。
五発目は、人間か魔族か判別できない父親に狙いを変えて、足を撃ち抜いた。
人間である可能性もあったが、一切ためらわない。
頼りなさのあった由美香だが、戦闘に関しては容赦がなかった。
ここで発砲に驚いた夏樹は、由美香の方に顔を向けた。
夏樹の視線が由美香に向いている間に、父親に擬態していた魔族が、足を撃たれたことで正体を現したのであろう。
由美香は、擬態が解けた二体目の魔族に対し、頭部へ二発、腹部へ二発の弾を叩き込んだ。
夏樹が前と後ろをキョロキョロとしている間に、それだけのことが起こったのである。
「逃げますッ!」
由美香は夏樹の手を引っ張ると、ドアの方へと走った。
すでにドア付近に立っていた桐矢看護師の姿は無い。
建物内に、海獣の鳴き声のようなサイレンが響き渡った。
『コード08発生。A棟1階に敵性魔族が侵入。すべての職員は、ただちに作業を放棄し、シェルターに避難せよ』
人工音声による放送がサイレンに続く。
人質になるなど足を引っ張らぬよう、事が起こった瞬間に避難した桐矢看護師が、緊急事態を報せに走ったのであろう。
一般人の対応までが早い。
この世界の状況が、想像以上に危ういことになっていることが感じられた。
「待った、待った!
今、撃ち殺したんだろ!」
由美香と共に通路を走りながら夏樹が言う。
さっきとは違い、通路に人影はない。
「拳銃の弾ぐらいじゃ死なないの!」
「そんなことないだろ!
魔族と言ったって、矢が急所に当たれば、死ぬんだぞ」
夏樹がそう反論したとき、由美香は制動を掛けながら振り返った。
夏樹が自分を追い抜いた瞬間、一気に八連射を行う。
振り返った夏樹は、後方で魔族二体が、再び吹っ飛ぶところを見た。
銃撃を受けたにもかかわらず、追いかけてきていたのだ。
「マジかよ。あれで死なないのか!」
「こっちに!」
由美香は夏樹を引っ張って角を曲がる。
走りながら、空になったマガジンを交換する。
「弾数が多い銃なんだな」
夏樹が感心したような声を出したが、由美香には答える余裕は無いようであった。
由美香が使用している銃は、ドイツのH&K社が製造した、SFP9と呼ばれる自動拳銃であった。
装弾数17発。
陸上自衛隊が正式採用している拳銃である。
「すぐに救援部隊が来ますッ!」
由美香が、また背後に向かって発砲した。
「それまで、私が命に代えても、きみを守る!」
「はあ? 違うだろ」
夏樹は、『紋様』を組んだ両手の平を打ち合わせた。
「大章魚(オオダコ)」
短い起動言語に合わせ、夏樹の打ち合わせた手の平の間から、大量の煙幕が吹きあがった。
「こっちこっち」
煙幕が自分たちの視界までふさぐ前に、夏樹は通路の窓を開けると、外に飛び出した。
「ま、待ちなさい!」
慌てて由美香が追ってくる。
そこは、施設内の中庭のようであった。
ベンチや植え込みがあり、何本かの広葉樹も植えられている。
夏樹は『紋様』を組み替えて、再び手の平を打ち合わせる。
「大王烏賊!(ダイオウイカ) に加えての」
起動言語を口にし、合わせた手の平を捻じって、さらに『紋様』を組み替え、次の起動言語を唱える。
「海火垂!(ウミボタル)」
その瞬間、追いついた由美香に押し倒され、夏樹は木陰に引っ張り込まれた。
「何を勝手な真似をしているの!」
由美香は、夏樹の行動に激怒している。
「勝手も何も、建物の中で逃げている間は、攻撃系の罠が使いにくいだろ」
「敵への攻撃は、私の役目です!」
「はああああ?」
夏樹は大袈裟にため息をついた。
「さっきも、命に代えても、私が守るとか言ってたよね。
でも、それが出来ないから、おれたち帰還者の力をアテにしてるんだろ」
「アテにしているからこそ、守るのよ!」
夏樹と由美香が言い争っている間に、すでに二体の魔族は、中庭に現れていた。
一体が、木陰に潜む夏樹と由美香に気付いた。
もう一体に合図を送る。
魔族は左右に分かれると、身を低くし、挟み撃ちの形で夏樹と由美香に迫った。
音を立てない。
猫科の大型獣のような動きである。
三メートルまで近寄ると、二体は残りの距離を一気に詰めた。
鋭い爪が、夏樹と由美香の首筋に伸び、頸動脈を掻き切った。
致命傷である。
次の瞬間、夏樹と由美香が、魔族を巻き込むように爆発した。
夏樹と由美香は、爆風を避ける位置に身を沈めていた。
吹き飛ばされた魔族は、ぼろ布のようになって地べたに転がる。
「あ、あれは……」
さっきまで夏樹と言い争っていた勢いが消え、由美香はア然とした顔で言う。
「由美香ちゃんは、タコとイカが吐く墨の違いって知ってる?」
「スミ?」
夏樹が何を話そうとしているのか、由美香は理解できないようであった。
「タコのスミは、ぶわっと広がる煙幕なんだよ」
「……通路で発生させた煙幕と言うこと?」
「イカのスミは、全然違うんだ。
粘性があって、広がらずに漂うんだよ。
捕食者は、そのスミの塊をイカだと勘違いして、襲い掛かるんだ。
いわば分身の術……、いや、影武者かな」
「今のは、私たちの影武者を作り、魔族たちに襲わせたと言うことなのね」
由美香が理解した顔になった。
「そそ。
中に起爆ホタルを包んだ状態でね」
夏樹は、ちょっと自慢した顔で答えた。
「さすがに、もう死んだよな」
立ち上がった夏樹は、転がっている魔族に近寄る。
一体は、ピクリとも動かなかった。
身体の前面が、真っ黒に炭化している。
もう一体は、腰から下が吹き飛び、呻き声を漏らしていた。
「……マズイ!」
夏樹の顔が強張った。
死に際の呻き声ではないことに気付いたのだ。
「召喚魔法だ!」
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