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現実世界の状況

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 「夏樹くん」
 「ナッツって呼んでよ」
 夏樹は軽い調子で言ったが、由美香にあっさりとスルーされた。

 「きみがいた世界は、便宜上、転生界と呼ばれています。
 人類と敵対する、複数の魔王が確認されているため、転生界は複数あるという説が有力ですが、大きなひとつの世界であるという説もあります。
 この場合、転生界の住人たちが「世界」と認識している範囲は、それぞれが住む大陸や海域に限定されているとも考えられています」
 由美香が説明を続ける。
 「それと共に、理解してほしいのは、この世界と転生界では、時間の流れが違うと言うことです」

 「おれが、意識不明になったのは半年前だよね」
 「……ええ。
 下校時にひき逃げに遭い、意識不明になったと記録されています」
 由美香は手元のタブレットを操作し、画面を確認して答える。

 「あっちの世界には、もっと長くいた気がするよ。
 二年近くは過ごしたと思う。
 時間の流れの違いとは、そう言うこと?」
 「そういうことも含めてです」
 由美香の答えは、それに対しての質問は、いったん打ち切るというような響きがあった。

 「もうひとつ」
 「なんですか?」
 「呉原さんじゃなくて、由美香ちゃんって呼んでいい?」
 「お好きにどうぞ」
 からかわれていると感じたのか、由美香の頬がピクピクと引きつった。

 「きみが事故に遭う前、6月下旬に、長野県庁で起こった火災を覚えていますか?」
 由美香の言葉に、夏樹は記憶を探った。
 「あ~~、あったね。けっこう被害が出たんじゃなかったっけ」

 「職員、消防士、警官、合わせて18人が亡くなりました。
 さらに、自衛隊にも大きな被害が出ました」
 「そんなに……。
 って言うか、自衛隊って」
 夏樹は、記憶を探った。
 自衛隊が出動したなんていう話は、聞かなかったはずである。

 「あのころは情報規制が敷かれ、一般の人が知ることはなかったのですが、あれは転生界から、こちらの世界へ現れた、ヒュドラの仕業だったと結論付けられています」
 「……」
 夏樹は、何か軽口を叩こうとしたが、何も出てこなかった。

 ヒュドラとは、複数の頭を持つ大蛇の怪物である。
 夏樹も仲間と共に一度戦ったことがあったが、結局、倒しきれずに逃亡した。
 頭を切り落とすと、そこから二つの頭が新たに生えて来る怪物なのだ。
 そんな怪物が、現実の世界に現れたと言うのだ。
 信じられないが、由美香がデタラメを言っているようには見えない。
 現実世界へと戻ったはずなのに、非現実感がチリチリと背中を焼き始めた。

 「7月2日、空自の戦闘機が、能登半島の北120キロ付近で墜落したことは?」
 「たしか、二機が消息不明に……」
 「捜索に当たった海自の護衛艦も一隻大破しています」
 「……まさか」
 
 「夏樹くんは、転生界で海洋に出たことはありますか? 
 ケートゥスという海の怪物を知っていますか?」
 夏樹は唾を飲み込んだ。
 ケートゥスとはドラゴンの頭を持つ、凶暴な巨大魚である。
 由美香は、ケートゥスによる被害だと言っているのだ。

 「横浜の薬品倉庫の爆発事故では、小型の液体型モンスターと亜人が捕獲されました。
 愛媛の山中で起こった、大規模地滑りによる集落壊滅事故も、転生界の怪物と亜人種が関係していました」
 「おれが転生する以前から、こっちの世界で、そんなことが起こっていたんだ」
 夏樹は呆然とした顔になった。
 まるで知らなかったのだ。

 「同様の事件が頻発し、政府も隠匿し切れなくなったころ、一般市民によるサポートが増え始めました。
 公になり始めたのは、夏樹くんが昏睡状態になった以降のことです」
 「サポートって?」
 「転生界から帰還し、そこでの経験をひた隠しにしてきた帰還者たちが、魔物討伐に協力してくれるようになったのです」
 頭がクラクラしてきた。
 ジェーマインを倒した転生界同様、現実世界の方も、とんでもないことになっていたのだ。

 「状況は?」
 「良いとは言えません。
 転生界からの侵入者に対して、こちらの重火器によるダメージは低く、頼りの帰還者たち、魔剣士、魔導士、召喚士、僧侶たちの絶対数は足りていないのが実情です」
 小さく首を振る由美香を見て、なるほどねと夏樹は納得した。
 戦力となる魔剣士や魔導士の帰還を期待していたのに、罠士とか言う、訳の分からない奴が帰還したので、落胆しているのだ。
 
 とは言え、おれのせいじゃないよな。
 こっちが、こんな状況だったなんて、まったく知らなかったんだし。

 夏樹が自分に言い訳をしていると、コンコンとノックの音がした。
 「どうぞ」と由美香が声を掛ける。
 ドアが開くと、桐矢というさっきの看護師が現れた。
 「夏樹くんのご両親が、お見えになりました」
 桐矢看護師の後には、夏樹の両親が立っていた。
 
 「父さん、母さん!」
 夏樹は、ソファから立ち上がった。
 「夏樹ッ!」
 「夏っちゃん!」
 桐矢看護師が横に動き、父親と母親が夏樹に駆け寄る。
 「良かった! 心配してたのよ!」
 今にも泣きそうな顔で、母親が夏樹を抱きしめた。

 「母さん」
 夏樹も母親を抱き返す。
 次の瞬間、二人の間にバチッと放電現象が起こった。

 夏樹が驚いて後退り、同じく母親ものけぞるように後ろに下がった。
 由美香をウォーター・スティングレイから引き揚げたときに組んだ、害意に反応する『紋様』の効果が、まだ夏樹の手の平に残っていたのだ。

 「どうやって、見抜いた?」
 母親だったものが獣のように唸った。
 目が一回り大きくなると目尻が裂けた。
 唇の端も裂け、ぞろりと牙が伸びる。
 魔族である。
 擬態が解けたのだ。

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