帰還者たちは、この世界で再び戦う

七倉イルカ

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白い部屋と黒い人

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 相沢夏樹は目を覚ました。

 LEDの明かりが、白く清潔な天井と壁を照らしている。
 背中に当たる感触は、ほどよいクッションの効いたベッドであった。
 燭台や魔法の明かり、ハンモックや藁を麻袋に詰めたベッドではない。
 今、見ているもの、触れているものに、夢のような曖昧さは無かった。

 よく見ると、天井には監視モニターがあった。
 指の何本かには、コードのついたクリップがつけられている。腕にはチューブが繋がり、点滴もされているようであった。

 夏樹は、ぼんやりと自覚した。
 元の世界に帰って来たのである。
 嬉しさは乏しく、虚無感があった。

 監視カメラか、夏樹に繋げられたバイオ・モニター、もしくは、その両方で夏樹が目覚めたことが分かったのであろう、ドアが開くと、あわただしく医師と看護師、ダークグレーのスーツを着た男女が入ってきた。
 横たわったまま、目に光を当てられ、口内をチェックされ、脈拍を計測されている間、夏樹は無言で考えていた。

 やっぱり、あの世界のことは、黙っている方が賢明なんだろうな……。
 でも、あれは、夢なんかじゃない。
 ハンク、エルシャ、シモン、リーゼの顔が思い浮かぶ。
 もう会えないこと思うと、胸が痛くなった。

 「正常です」と医師が告げると、替わってスーツの男性が夏樹の顔を覗き込んだ。
 三十代後半であろうか。
 目の表情に硬さがある。有能だが融通の利かなさそうな顔だ。
 白髪が多いのは、気苦労が絶えないのだろうか。

 「相沢夏樹くんだね」
 男性が夏樹の名前を呼ぶ。
 ここでは、ナッツと呼ばれない。

 「私は井沢明信、彼女は呉原由美香。
 防衛省転生者管理部に所属しています」
 夏樹は井沢という男の言葉に、何か引っかかるものを感じながら、視線を呉原由美香と紹介された女性に移した。

 二十代中頃。エルシャよりは少し若い。
 整っているが、緊張した顔には、余裕がないように見える。
 どんな場面でもふざけた余裕をみせているエルシャとは、真逆のタイプのようであった。

 「まず、聞きたいことがある」
 井沢の言葉で、夏樹は視線を戻した。
 「転生世界での夏樹くんの職業は?」

 「……え?」
 夏樹は初めて声をあげた。
 井沢は転生界のことを知っている。
 しかも、それが幻覚や妄想ではなく、現実の一部として語っているのだ。

 さっき感じた、引っかかるものが何だったのかが分かった。
 井沢は「転生者管理部」と言ったのだ。
 ぼんやりしていた意識が、一気に覚醒した。

 井沢は、夏樹の反応はもちろん、次に発せられる質問も予想していたのであろう。
 夏樹が問うより前に、もっとも知りたいことを短く口にした。
 「ここも現実、君が転生していた世界も現実だ」
 夏樹の鼓動が跳ねあがった。

 井沢は、「転生していた世界も現実」と言ったのだ。
 つまり、戻ってきたこの世界とナッツがジェーマインを倒した世界は両立しているのだ。
 もしかすると繋がっているのかも知れない。

 また会える。
 夏樹は、リーザたちの顔を思い浮かべた。
 「職業は? 魔法使い? 僧侶系か?
 それとも魔法剣士か?」
 井沢の態度は、落ち着いてはいるが、どこか切羽詰まったものを抑え込んでいる感じがした。

 「罠士だよ」
 「……罠士? それは何かね。
 まさか、転生界で、猟師でもやっていたのか」
 井沢の顔に、隠しきれない失望の色が浮かんだ。


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