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GAME OVER

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 「くっ……、はあーーー!」
 ナッツは唇を噛む演技をやめ、大きく息を吐いた。
 炎天下でのフルマラソンの後、スポーツドリンクを一気飲みしたぐらいの力は戻ってきた。

 「ぬッ」と唸りながら、ハンクも何とか身を起こす。
 シモンもふらつきながら立ち上がった。
 エルシャは、小さく呻き、意識が戻りそうになっている。

 「リーザ……」
 ナッツは、リーザのところまで這い進んだ。
 体力は多少なりとも回復したが、右脚は砕けたままなのだ。

 「リーザ。おい、リーザ!」
 リーザの口元に耳を寄せた。意識は戻ってないが、呼吸は安定している。
 「……罠士」
 安堵したナッツをしゃがれた声が呼んだ。

 ジェーマインは、壁際に倒れていた。
 角の幾つかには亀裂が走り、砂のように乾燥した肉体は、細かな粒子となって、崩壊し始めている。
 魔王は絶命しかけていた。

 「……お前の、仕業、か?」
 問われたナッツは、申し訳なさそうな顔になった。
 「あんたが、おれに『螺角』を撃つ前、壁に掛かっている全部の杖に、反転の『紋様』を打ち込んだんだよ。
 杖を使うと、効果を受ける対象が、すべて反転するようにね」

 「……あの会話は」
 「時間稼ぎじゃなく、杖を使わせるための会話だよ。
 とりあえず、どの杖でもいいから、あんたに使わせたかったんだ。
 回復系じゃなく、攻撃系の杖を使っていたら、たぶん、あんたは吹き飛び、即死していたんじゃないかな」

 「くくく。ドレインは、お前たちから……HPを吸い取るのでは、なく。おれのHPを、分け与えた、と言う、わけか……」
 「魔王のHPを分けてもらえば、もっと回復しそうなもんだと思うけど……。
 ジェーマイン、あんたもギリギリのところだったんだね」
 「……名前は?」
 「ナッツだよ」
 「……ナッツ、逃げろ」
 ジェーマインは、そう言った。

 「逃げろ?」
 ナッツは問い返した。
 「もう、おれの鼓動は、もう止まる……。
 魔王殿は崩壊し、おれは、自爆する」
 「自爆!? テラゾラスか!」
 ナッツの眼が硬くなった。

 「違う……。強制、自爆だ」
 いきなり魔王殿が揺れた。
 天井の半分が、一気に崩れるほどの揺れである。

 「ハンクの旦那! エル姉ェを!」
 「分かった!」
 ハンクがエルシャを担ぎ上げた。
 「リーザ!」
 ナッツは意識の戻らない、リーザを抱えて立ち上がろうとした。

 しかし、右足で踏ん張ることができない。
 ハンクの魔法で痛みを遮断しているが、骨が砕けているのだ。
 天井が崩れていき、床の傾きが傾いていく。
 「シモン、頼むッ!」
 ナッツは膝をつき、リーザを突入時に破壊した扉の方へ差し出した。

 「任せろ!」
 リーザを受け取ったシモンが走り出す。
 ナッツは、そのまま転倒した。

 「ナッツ!」
 扉があった空間を越え、控えの間に移ったハンクが叫んだ。
 扉付近の天井も崩れ、控えの間の石柱も傾きはじめる。
 そこにリーザを抱えたシモンが滑り込んだ。

 「待ってろッ!」
 エルシャを床に置いたハンクが、崩れる天井の隙間から、魔王の間に戻ってこようとする。
 「楽しかったよ。
 みんなありがと」
 ナッツは小さく手を振ると、跳躍の『紋様』を起動させた。

 魔王の間に突入する前に、幾つも打ちこんだ『紋様』である。
 崩れた天井の隙間から見えていた、ハンクたちの姿が掻き消えた。

 ナッツは、ジェーマインに視線を戻した。
 「死んだのか?」
 「……まだ、だ」
 「なあ、一体、誰が、殺戮のオーバーロード、魔王ジェーマインに、強制自爆を組み込んだんだ?」
 ジェーマインは答えない。
 心臓が止まったようであった。

 ナッツは独りになった。
 ハンク、エルシェ、シモン、そして、リーザ。誰とも、まともな別れの言葉すら交わせなかった。
 「……なかなかキツイな」
 ナッツがつぶやいたとき、魔王の体からまばゆい光が溢れだした。

 さらに天井も壁も床も、そしてナッツ自身も白光に包まれた。
 衝撃が白光を揺らし、ナッツの意識はプツリと途絶えた。


 魔王の間のテラスから見た戦場の一角に、ハンクたちは跳ばされていた。
 戦場には静寂が満ち、すでに戦いは終わっていた。
 いや、人間も魔族も、亜人間、魔獣ですら、戦うことを止め、崩壊の始まった魔王殿を見上げていたのだ。

 「……ハンク」
 目覚めたリーザが、ハンクを呼んだ。
 「ナッツは? ナッツはどこにいるの?」
 不安そうに問う。
 「シモン、エルシャ。
 ナッツは?」
 ハンクとシモンは何も答えずに、魔王殿を見上げ続け、先に目覚め、事情を察していたエルシャは、優しくリーザを抱きしめた。

 仲間の視線と様子から、リーザも状況を理解した。
 顔から血の気が引いていく。
 さっきまで四人がいた魔王殿の最上部で、凄まじい光が沸き上がった。
 光が収まる前に、次の光が膨れ上がる。内部で次々と何かが光っているようであった。
 そして、爆発音と共に魔王殿の最上部は吹き飛んだ。

 「いやあああぁぁぁぁ、ナッツーーーー!」
 リーザが悲鳴をあげた。


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