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魔王の間

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 爆炎で扉を吹き飛ばされ、そこに雷撃牙の七重攻撃をくらった魔王の間は、大きく破壊されていた。
 当然だが、扉の正面から直線に抜けるラインの被害は凄まじかった。

 石材の床は焦げて抉れ、調度品は粉々になり、ひしゃげた三体の甲冑が転がっている。
 ガワの甲冑は残っても、甲冑を動かしていたリビングアーマーは消滅したようであった。

 突き当りの壁には、崩れた大きな穴が開き、場違いに涼やかな風が吹き込んできていた。
 甲冑が一体足りないのは、おそらく、この穴から落ちてしまったからだろう。

 魔王の間は、魔王殿の最上階部分あたりに位置するので、高度120メートルほどから落下したことになる。
 もっとも、パンケーキのように広がった下層部だけで50メートルの高さがある。
 このパンケーキの中は、その地下部分も含めて、複雑な迷宮となっている。

 ナッツ、エルシャ、ハンクは周囲に視線を走らせた。
 魔王の姿が無い。
 しかし、壁の穴から甲冑と共に落ちたとは考えられなかった。
 と、場違いな、パチパチパチと言う拍手の音が聞こえた。

 三人が視線を向けると、テラスに通じる大きなアーチ状の開口部のひとつから魔王が現れた。唇の端に皮肉めいた笑みを浮かべながら、手を打ち合わせている。
 魔王は室内ではなく、テラスでくつろいでいたようであった。

 殺戮のオーバーロード、魔王ジェーマイン。
 身長は約190センチ。
 禍々しい呪術模様が刺繍されたローブで身を包んでいる。

 顔や肩を覆っている歪にねじ曲がった幾つもの角は、魔王の後頭部や頸椎の辺りから生えていると言われていた。
 顔を覆う角は、サムライの頬当に似て、その頬当の中から、縦にスリットの入った瞳孔がナッツたち三人に向けられていた。
 身にまとう空気は若さを感じさせたが、少なくとも200年は生きていると言われている。

 「まさか、ここまで登ってくるパーティがいたとはな」
 落ち着いた声であった。
 室外からの不意打ちが、自分の身に直撃していたとしても、どうと言うことは無いという自信があるのであろう。
 「陽動の攻撃も、思い切ったものだ。見事だ」
 「陽動?」
 ジェーマインの言葉に、エルシャが怪訝そうな顔でつぶやいた。

 色々と作戦を練ってはきたが、ここまでに陽動は含まれていない。
 「待て」
 ナッツは右手を上げると、ジェーマインに掌を向けた。
 魔王の間に突入した時から、気になっていたことがあったのだ。

 ナッツは、ジェーマインから視線を外さず、ゆっくりとテラスの方へ移動する。
 テラスの方向から、低いどよめきが聞こえてくる。
 気になっていたのは、この重い波音のようなどよめきであった。

 テラスへ通じるアーチ状の開口部は複数ある。
 ナッツはジェーマインから距離を取ったまま、開口部のひとつを横歩きで通り抜け、広いテラスへと出た。

 ジェーマインもナッツに合わせて横に動くと、優雅な仕草でテラスへと出た。
 どよめきがはっきりと聞こえた。
 何千、何万という人間の雄叫びが、重い波となって地表から届いてくる。
 「ウソ!」
 「……ぬッ!」
 続いてテラスに出てきたエルシャとハンクが、テラスからの光景に驚きの声をあげた。

 「エル姉、ハンクの旦那! おれも見たい!」
 ジェーマインから目を離せぬままのナッツが不満そうに声をあげると、ジェーマインは苦笑しながら、顎で胸壁の方を示した。
 ナッツが確認する間、攻撃はしないという意味であろう。
 
 信じていいのかどうか迷っているナッツの前に、盾を構えたハンクが割り込んだ。
 「よろしく」
 ハンクと交代したナッツは、後ろに下がって胸壁に身を寄せると地表を見た。

 日本で最も高いジェットコースターの最高高度が約100メートル。
 イメージとしては、その高さから、どこまでも続く、広大な遊園地の敷地を見下ろしたような感じであるかも知れない。
 ただし、その遊園地の敷地内では、血みどろの戦いが行われていた。

 見渡す限りの広範囲で、人間軍と魔王軍の壮絶な戦いが繰り広げられているのだ。
 数十万、いや百万に届く人間と魔族との戦いである。

 人間側には、無数の国旗、戦旗がなびいている。
 四大大国のヴァナス王国、カリーナム王国、大ヤマト帝国、ラダン皇国をはじめ、バルベラ共和国。ワゾン王国。ロバルディア。ラルウェイ。北方のラドムダム。海洋国家ノーリット……。ありとあらゆる国が集まった、超多国籍軍が展開していた。

 最前線では、ヴァナスの重装兵団が武装したオークやハイオークの魔軍と激突し、旋回したバルベラの騎士団が、魔軍に強烈な横撃を仕掛けている。
 マンティコア、キマイラ、コカトリスなどの魔獣たちをカリーナムとワゾンの混成軍が抑え、ヤマトの神官兵団が魔法攻撃を叩き込む。
 人狼、人虎、人熊らライカンスロープには、騎馬民族が波状攻撃を仕掛け、戦場に点在するドラゴンには、各国の精鋭部隊が挑んでいる。

 魔法兵団は、マジックパワーの残量を無視して、次々と上位の攻撃魔法を放っていた。
 雷撃の魔法が雷を降らし、炎の壁が戦場に出現し、真空の刃が魔獣を両断する。
 後方からは、投石器が焼けた岩を、巨大な弩が槍のような矢を打ち込み続けている。
 空中では、ハーピィーやグリフォン、魔族のドラゴンライダーに対し、ペガサス騎士団や少数のドラゴン騎士団が抵抗を続けていた。
 
 人間側は足元に火がついたような突撃を繰り返し、善戦しているように見えた。
 しかし、体力や魔力の尽きた騎士や魔法使いは次々と倒れていく。後衛と入れ替わる余裕が無いのだ。
 無謀な攻撃は、あちこちで破綻し始めていた。
 ナッツは違和感を覚えた。

 後先を考えていないようにみえる狂騒的な攻撃にせよ、魔王の領土を貫き、魔王城まで突入してきたのだ。
 これほどの軍は、一体、どこにいたのだろうか?

 「私が出撃させている遠征軍を無視し、人間どもは、もてる兵力のすべてをかき集め、この総攻撃に出たようだな」
 ナッツの疑問に答えるように、魔王ジェーマインが口を開いた。
 人間側は防衛戦を放棄し、全軍による総攻撃を仕掛けているのだ。

 「各国の首都や衛星都市では、王族や皇族たちが地下に潜み、老人や女子供の自警団が弱々しい抵抗を続けていると、遠征軍から連絡が入ったわ」
 ジェーマインは気の毒そうな顔で言う。

 「……なあ、魔王さん。さっき、これが陽動って言ったよな。じゃあ本命は?」
 ナッツがジェーマインに視線を向けて問う。

 「わたしに聞くのか? 
 迎撃にほとんどの兵力を投入し、手薄になった、この魔王殿へ、幾つかの少数精鋭のパーティを潜り込ませてきたであろう」
 ジェーマインは潜入したパーティ名をあげていった。

 キリング・ゴーストと呼ばれる、ヴァナスの隠密機動。
 バルベラの英雄ダルトンが率いる、ギャラガ小隊。
 ヤマトからは裏柳生。
 崑崙山の絶海衆。
 自称冒険一家のリベック・ファミリー。
 西トイランドのジンゴット一派。
 そして、勇者アイク・アモンをリーダーとした光翼戦士団……。
 「他にもいくつか、潜入してきたパーティはあったが、どれもこれも力尽きたよ……。お前たち以外はな」
 相変わらず笑ってはいるが、ジェーマインの冷たい笑みに、残忍な影が宿っていく。

 ナッツはハンクの横に立ち、平然とした顔で、その笑みを見返した。
 動揺を隠す虚勢である。
 ナッツたちの知らないところで、最大規模の軍事作戦が発動しており、しかも、意図しないまま最終局面の舞台にあがってしまったのだ。
 「じゃあ、この最上階まで登ってきたのは、おれたちだけってことか」
 ジェーマインは薄い笑みを浮かべることで肯定した。

 ……なぜだ?
 ナッツの胸に大きな疑問が生まれた。
 ……なぜ、おれたちだけがたどり着けただろうか?
 そんなに強くねェぞ、おれたち。

 ※2023年現在、三重県にあるナガシマスパーランドのスチールドラゴン2000の最高高度が97m。
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