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真夜中のキッチン・Ⅳ
しおりを挟む「さっき上がってきた階段を覚えているよね。
途中で曲がっていたでしょ」
後で知ったのだけど、A子が言うのは、途中で90°向きを変える階段のことで、これは、『かね折れ階段』と言うらしい。
途中で向きを変えることにより、狭い面積でも、緩やかな傾斜の階段を作ることができるのだ。
「あたし、あの曲がり角まで階段を降りて、そっと一階をのぞいたの。
あの角からだと、ダイニングのテーブル辺りが見えるのよ。
おばあちゃんが、いつも座っている場所」
A子が話を続ける。
「おばあちゃんはね、いつも、テーブルのあの椅子に座って、キッチンで働くお母さんに嫌味を言っていたの。
だけど、その椅子には、誰も座っていなかったわ。
ほんの少し前まで、お母さんを罵る声が聞こえていたのに……。
でもね、よく見ると、椅子の背もたれには、グレーのカーディガンが引っ掛けられていたの。
おばあちゃんが、夜になると、いつも着ていたカーディガンよ……」
「……お母さんは?
お母さんも、いなかったの?」
慎吾が問う。
「ううん。お母さんはいたわ。
階段の角からだと、姿は見えなかったけど、キッチンで動いている音は聞こえていたの」
「動いてる音って?」
今度は、ぼくが聞いた。
「水道から水を出す音。
包丁で、何かを断ち切ったような音。
棚の奥から、大きな鍋を出しているような音も聞こえたわ。
しばらくしたら、お母さんは、テーブル近くまで移動してきたの。
そのとき、腰の辺りまでが見えたわ。
エプロンをしていたわ。
お母さんは、料理を始めていたのよ」
A子の言葉が、妙に平坦に聞こえる。
「夜中に料理を始めるなんて、今までなかったのよ。
そんなことをしたら、絶対におばあちゃんが文句を言われるからね。
何時だと思っているの。
こんな夜中にうるさい。
常識が無い。
ってね……。
でもね、そのおばあちゃんは、カーディガンを残して消えちゃってるの」
……どこに消えてしまったんだろうか。
A子の話を聞くぼくは、おぞましいことしか想像できなかった。
「あたし、怖くなって、部屋に戻ろうとしたの。
それで、体の向きを変えたとき、足の下で、階段の踏み板が軋んだの。
ギッ……ってね。
ほんの小さな音だよ。
でも、その音が鳴ったすぐ後に、水道の音がピタリと止まったの。
静かになったわ。
キッチンから、何も音がしなくなったの。
たまたま、そのタイミングで、お母さんが水道の蛇口を閉めたのか、それとも、あたしが立てた階段の軋む音に気付いて、水道を止めたのかは分からない。
あたしは両手も階段につけ、四つん這いの姿勢になって、なるべく音を立てない様に、急いで階段を上り、そっと部屋に戻ったわ。
ドキドキしながら、明かりを消したままの暗い部屋に戻り、ドアを静かに閉め、ベッドの上、布団の中に滑り込んだの。
布団をかぶって、目を閉じたわ。
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