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タイムカプセルから出てきた闇・Ⅵ
しおりを挟む「来るな!
あっちに行け!」
ぼくは、新田先生と男を交互に睨みながら叫んだ。
新田先生は、ハサミを手にしたまま、怖い目で笑っている。
そして、男は……、困惑した顔になっていた。
男は、困惑した顔のまま、ぼくではなく、新田先生に目を向けてこう言った。
「どうしたんですか、木原先生?」
驚いたぼくは、新田先生を見た。
先生は目を吊り上げたまま、興奮した犬のように低く唸りはじめた。
唸りながら、目がクルリと白目に裏返る。
そして、まるでスイッチが切れたように、そのままストンと膝から崩れ落ちてしまった。
先生の手から離れたハサミが廊下を転がった。
「木原先生!」
男は新田先生に駆け寄ると、心配そうに抱え起した。
「あ、あの……、あなたは?」
舞原を引き起こした後、ぼくは男に声をかけた。
「オレ?
この小学校の卒業生だよ。
真野って言うんだ」
この男の人は、あの手紙を書いた一之瀬という人じゃなかった。
「なあ、木原先生は、どうしちゃったんだい?」
真野と名乗ったその男は、新田先生を木原先生と呼んでいる。
何が何だか、ぼくは、さっぱり分からなくなってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「木原は旧姓なの。
先生は結婚して、新田になったのよ」
正気に戻った新田先生は、そう言って謎のひとつをあっさりと明かしてくれた。
いつもの新田先生である。
ただ、先生の表情も声も、疲れ切っているように感じた。
ぼくたちは四人で『タイムカプセルの森』へと向かっていた。
「真野くんや一之瀬くんを教えていた時は、まだ木原の姓だったの」
「じゃあ、その……手紙に書かれていたことは?」
「……本当のことです」
舞原の言葉に、新田先生は申し訳なさそうに答えた。
「真野くんや一之瀬くんの担任なったのは、先生になって一年目のころなの。
まだ、自信も実力も身についてなかったわ」
先生は、ゆっくりと歩きながら、ポツポツと話し始めた。
「授業妨害をする子の多いクラスだったわ」
「砂田や塚本ですね。
オレもそうだったかな」
真野さんが、場を和まそうとするかのように「ははは」と笑って言った。
「授業中に、当り前のように騒ぐ。
注意をすれば食って掛かる。
しかも、クラスのみんなを扇動して、大騒ぎにしてしまう……」
新田先生は、その時のことを思い出しているようだった。
「そんな時に、たまたま、みんなと一緒になって騒いでいた一之瀬くんのことを『赤ちゃんみたいに、はしゃぐんじゃないの!』って叱ったことがあったの。
そしたら、みんなが大笑いしちゃってね。
そのタイミングで『さあ、赤ちゃんと呼ばれたくなかったら静かにしなさい』と言ったら、みんな静かになったのよ」
新田先生が、そこまで話した時、ぼくたちは『タイムカプセルの森』の前に着いた。
「それから、クラスをまとめるときには、いつもその言葉を使ったわ。
ええ、一之瀬くんが、それでいじめられていることも知っていたわ。
でも、一之瀬くんの気持ちより、つかの間でもクラスが静かになる方を選んだのよ」
新田先生は、深く溜息をつくと続けた。
「自分さえ良ければいい……。
そのためなら、大事な子供たちが傷ついても構わない……。
あのときの私の心は、そんな闇の暗い部分に覆われていたの。
先生失格よね」
先生は手に持った手紙を見つめた。
「……恨まれて当然です」
「いや、もう一之瀬は先生のこと恨んでいませんよ」
真野さんが穏やかな顔でそう言った。
先生もぼくたちも、不思議そうな顔になって真野さんを見た。
「あいつ、昨日のタイムカプセルの開封式に来られなかったんです。
今、アメリカに留学しているんですよ」
「まあ、そんなに立派に」
新田先生の表情が、少し明るくなった。
「それでね、一週間前、オレに電話をしてきたんです。
『もう先生のことは恨んでいない。
それより、あの手紙が誰かに読まれて、先生に迷惑がかかったら大変だ』ってね。
だから、代わりに手紙を取って、捨ててくれって頼まれたんですよ」
真野さんは手を伸ばすと、新田先生の手から手紙を抜き取った。
「一之瀬くんが、そんなことを……」
「開封式のとき、どさくさに紛れて一之瀬の手紙を抜き取ったんですけど、落としちゃったみたいでね」
真野さんが頭をかく。
「それで、探しに来てたんですか?」
「そういうこと」
ぼくが聞くと、真野さんは苦笑しながらうなずいた。
真野さんはしゃがみ込むと手紙を地面に置き、ポケットから出したライターで火をつける。
手紙はメラメラと燃えあがった。
真野さんは燃えあがる手紙の前で手を合わせると、お経をあげ始めた。
「魔訶般若波羅蜜多心経、観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見……」
聞いていて、どこか心が落ち着くようなリズムのお経である。
ぼくたちも先生も手を合わせた。
「……菩提薩婆訶、般若心経」
真野さんは、お経をあげ終えると立ち上がった。
もう手紙は、完全に灰となっていた。
「オレは龍因寺の息子なんだよ。
今は仏教系の大学に通っているんだ」
龍因寺は、この町にあるお寺である。
「今のお経は?」
「十年も恨みを抱えたまま、暗い中にいた手紙が哀れに思えてさ。
供養したんだよ」
ぼくが聞くと、真野さんは照れたようにそう答えた。
灰になった手紙が細かく崩れ、風に吹かれて舞い散っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
これで、何もかもが、終わったと思った。
……でも、本当は終わってなかったのだ。
ぼくがそのことに気が付いたのは、しばらく経ってからのことだった。
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