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タイムカプセルから出てきた闇・Ⅲ

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 ぼくは靴を脱ぎ捨てると、靴下のまま、南校舎内の廊下にあがった。

 五年生の靴箱は、東校舎にあるのだ。
 この状況で、忘れた上履きを取りに、東校舎にまで行くこともできない。

 「タケル、待って!」
 その声に振り返ると、舞原が来客用のスリッパにはきかえている。

 「何してんだよ!」
 追いかけてきた男が、今にも現れるんじゃないかと、ハラハラしながら舞原を待つ。

 「靴下が汚れちゃうじゃない!」
 スリッパをはいて廊下にあがった舞原が、文句を言う。

 ぼくたちは、一階の奥にある職員室へと急いだ。
 舞原のスリッパのパタパタという音が、男にぼくたちの居場所を教えているようで、気が気じゃない。

 「失礼します!」
 ぼくたちは、一階にある職員室の引き戸を開けた。
 夏休みでも、誰か先生はいるはずだ。

 「誰ですか?」
 奥の方からのんびりとした声がし、椅子に座っていた新田先生が、伸びあがるようにしてこっちを見た。
 
 五年二組を担当している女の先生だ。
 他には、誰もいない。

 「先生!」
 ぼくたちは、先生に走り寄った。

 「あら、三組の国見くんに舞原さんね。
 もう六時前よ。家に帰らなくっちゃダメじゃない」

 「違うんです。忘れ物をしちゃって」
 ぼくは、入ってきた戸口を気にしながら言う。
 今にもあの男が入って来るかも知れない。

 「何を忘れたの?」

 「いや、そうじゃなくて、あの、これを読んでください」
 どう説明していいのか分からず、ぼくは新田先生に手紙を差し出した。

 「あらまあ、ラブレターかしら?」
 先生は「ほほほ」と笑いながら手紙を読み始めた。
 読み始めると、先生の顔から笑みが消えた。

 「それ、花壇のところで拾ったんです」
 と舞原が言う。

 「それでぼくたち、『墓場』……じゃなかった、『タイムカプセルの森』に行ったら、怪しい男の人がいて、それで逃げてきたんです」
 早口で説明した時、新田先生の後ろの窓を人影が横切った。

 「そ、そこにいる!」
 ぼくが叫ぶと、新田先生は振り返った。
 しかし、もう人影は消えていた。

 「……なんてことかしら」
 先生が窓の方を向いたままつぶやく。
 「……五時には、帰宅するように決められているのに」

 「先生?」
 ぼくは、先生に声を掛けた。
 何か様子がおかしい。

 「……それに不審者がいるだなんて、嘘までついて」

 「嘘じゃないです。
 さっきにそこに……」
 そう説明しながら、ぼくは背筋に冷たいものが降りてくるのを感じた。

 先生がゆっくりと、ぼくたちの方に顔を戻した。

 「……ひ!」
 舞原が小さく悲鳴をあげる。
 新田先生の目尻がクイッと吊り上がり、不気味な四白眼になっていた。
 その吊り上がった目の中で、焦点が微妙にあっていない黒目が小刻みに動いている。
 まるで何かに取り憑かれたようだった。

 「許しマせん。まずは嘘をついタ舌を切っちゃいマしショウね」
 声が跳ね上がり、イントネーションまでもがおかしくなっている。

 新田先生は机の引き出しを開けると、中からハサミを取り出した。
 ぼくたちが使っている、先が丸くなったハサミではない。
 もっと大きな、先が尖ったハサミである。

 「せ、先生!?」
 ぼくが後退ると、舞原は何も言わずにクルリと背を向けて逃げ出した。

 「わわわわわわわ!」
 ぼくも、舞原の後を追って職員室を飛び出した。
 入ってきた出入り口ではなく、すぐ後ろの出入り口を開けて廊下に飛び出す。

 「待ちなさイ!」
 甲高くなった先生の声が追いかけてくる。

 ぼくたちは職員室を出て、すぐ横にある階段を反射的に駆け上がって行った。
 舞原のスリッパが目の前でパタパタと鳴る。

 「脱げ、脱げ! 
 舞原、スリッパを脱げって!」
 ぼくは前を行く舞原に叫んだ。

 スリッパをはいているせいで、階段をあがる速度が遅いのだ。
 舞原は文句を言わず、走りながらスリッパを脱ぎ捨てた。

 そのまま四階まで、一気に階段を駆け上がり切った。
 すぐ横に、鉄のドアがある。
 東校舎へ繋がる渡り廊下に出るドアだ。

 開かないだろうと思いつつも、ぼくはドアの取っ手を回してみた。
 やっぱり動かない。
 鍵がかかっている。

 渡り廊下へ通じるドアは、誰かが開けっ放しにした場合、突風で急に閉まる危険があるからと、いつも鍵がかかっているのだ。
 南校舎から東校舎への移動は、玄関から出て外を回るしかない。

 「こっちだ!」
 ぼくはドアを開けることをあきらめ、廊下を駆けだした。

 登ってきた階段と反対側にも階段はある。
 南校舎も東校舎も、建物の両端に四階から一階まで繋がる階段がある。
 廊下を端から端まで走り、一気に下まで降りれば、入って来た玄関はすぐそこにあるのだ。

 階段のある反対側の場所まで廊下を走ったぼくと舞原は、今度は階段を駆け下りた。
 三段飛ばしで、踊り場に着地する。
 三階を通り過ぎ、そして二階へ続く階段の踊り場に回り込んだ。

 「うわあ!」
 回り込んだ瞬間、ぼくは悲鳴をあげた。

 二階には、ハサミを握った新田先生が、立ちふさがっていたのだ。
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