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天明二年・Ⅱ
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弥吉は幼い妹のトミをあやしながら、囲炉裏の向こうから聞こえる父と母の会話を盗み聞いていた。
「名主ン所の会合で、御山の怪物の話を聞いたわ」
父の苦々しい声が届く。
「どうなったの?」
母が不安そうに聞く。
「領主様が重い腰をあげ、兵を引きつれて山裾を見回ったんだと。
そうしたら、何と初日に、あの怪物と遭遇したらしいわ。
昼の最中のことだ。
あの怪物は、人間をこれっぽっちも怖がっておらん」
「……怖いわ。
でも、兵を連れていたんなら、退治してくれたのよね」
「領主様は兵たちに鉄砲を撃たせ、何発かは命中したのだが、怪物は慌てもせず、山の中へ戻っていったと言うことだ」
「それじゃあ、まだ怪物は、御山に潜んでいるの」
「名主は、殿様が山狩りの用意をしとるから、もうしばらくの辛抱だと言っておったが……。
上手く仕留めることが出来れば良いが、鉄砲の玉も効かんとなるとなあ」
父が溜息をつく。
弥吉は両親に背を向け、トミの小さな手に自分の指を握らせながら、ゲンノウのことを思い出していた。
ゲンノウさんは、大丈夫なんだろうか。
まさか、怪物に殺されたりは……。
……いや、ランガクシャなら、怪物を退治する方法を知っているかも。
あの不思議な人物。ゲンノウの身を案じる気持ちがある。
が、それと同じぐらいに、ゲンノウなら、怪物を何とかしてくれるのではないかという期待もある。
怪物を追い払うことが出来れば、父も母も村の人々も喜ぶだろう。
安心して田畑で働くことが出来る。
山の幸を採りに行くことも出来る。
おらは、山には詳しい。
怪物に追いかけられても、木に登って、沢を飛び越えて、逃げ切る自信はある。
行くか……。
父ちゃんに叱られるけど、上手くいけば、大丈夫だ……。
山菜か沢ガニを取りに行ったと言えば……。
夜が明ける前に、そっと出て……。
やれる。
村のみんなのためだ。
弥吉はゲンノウに会いに行くと決めた。
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