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ねぐら・Ⅰ

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 「弥吉。助かったぞ」
 そう言ったゲンノウは、山道の脇にあった石に腰を降ろした。
 「悪いが、まだ頼みがある」

 「言わなくても、分かっているよ。
 沢に置いてきた水桶に水を汲んで、持ってくればいいんだろ」
 弥吉が答えた。
 ゲンノウを支え、斜面を登るのには邪魔であったため、水桶は沢に残してきたのだ。
 弥吉は、ゲンノウの返事を待たず、再び沢を降り始めた。
 「急がなくともよい。気を付けるのだぞ」と、ゲンノウの声が後ろから聞こえた。

  ◇◆◇◆◇◆

 「弥吉。最後の頼みだ。
 オレのねぐらまで、水桶を運んでくれぬか。
 そうすれば、四十文を払おう」
 手頃な太い枝を杖としたゲンノウが言う。

 「そんなにもらっていいの!」
 弥吉が驚く。

 「もちろんだ」とゲンノウが笑い、二人は、磐梯山をさらに奥へと進んでいった。
 途中、ゲンノウはこう言った。
 「オレに会ったことは、父や母には言ってはならん」

 「どうして?」

 「この辺りで蘭学者と言っても、それを理解する者はいまい。
 得体の知れない人間だと思われて、役人に通報されてはたまらんわ」

 「でも、銭は誰にもらったって言えばいいの?」

 「……ふむ。山菜を摘んでいたら、山籠もりをしている修行中の浪人に会ったと言えばよい。
 その浪人に山菜を売って、銭をもらったと言うのだ。
 ついでに、ひょろりと弱そうで、とても仕官の望みはないとでも付け加えれば、父も母も安心するであろう」
 顎をなでながらゲンノウが言う。

 そこから二人は、さらに山の奥へと入った。
 「こんな場所に、小屋を建てたの?」

 「小屋では無い。
 ほどよい洞窟があったので、そこを仮のねぐらとしておるのさ」

 「ランガクシャは、こんな場所で何の勉強をするんだい?」

 「検証だ」
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