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奈良屋・Ⅰ
しおりを挟む奈良屋は材木問屋である。
研水と共に托鉢僧姿の雷電が現れると、店頭にいた使用人や職人、取引業者たちは、その体の大きさに目を奪われた。
積まれている太い木材よりも、ずしりとした重量感のある巨体なのだ。
「お待ちしておりました。
どうぞ、こちらへ」
慌ただしく大番頭が現れると、研水と雷電は奥へと案内された。
ここに来るまでに、喜八に同行していた小僧が一足先に奈良屋へ戻り、研水だけではなく、体の大きな托鉢僧も同行することを伝えていたのである。
そのため、大番頭は雷電に不審な目を向けることはせず、丁重に対応した。
「こちらでございます」
縁側を進み、中庭に面した奥座敷の前で大番頭が両膝をついた。
「旦那様。
研水先生がお見えになりました」
大番頭が声を掛け、襖障子をスッと開いた。
「先生。
わしはここにおります」
半歩退いた雷電は、中庭を眺める形で、縁側に腰を降ろした。
病人が伏せる座敷に入り、診察の邪魔になることをさけたのであろう。
雷電が縁側に座ると、根太、根太を支える大引き、そして太い床束までもが、ミシリと軋んだ。
研水は座敷に入った。
座敷の中央には敷布団が敷かれ、若い娘が眠っていた。
娘の体には夜着(かいまき)が掛けられていた。
夜着とは、着物の形をしているが、掛布団として使用される寝具の一種である。
首元からつま先までを覆う大きさがある。
この時代、すでに上方では掛布団が広く使用されていたが、江戸では、まだ夜着が一般的であった。
「先生」
枕元に座っていた母親が、すがるような目を研水に向けて腰を浮かせた。
その横には、白髪の目立つ父親が座っている。
奈良屋の主人、奈良屋庄衛門であった。
「まずは、お嬢様を」
研水は母親を制して、娘の枕元に座った。
娘は微かに口を開いて眠っている。
娘の顔を見た研水は、眉を寄せて険しい顔になった。
娘は、おそろしいほどに痩せていたのだ。
「……末娘のミツです」
そう言ったのは庄衛門である。
奈良屋には三人姉妹がいる。
どの娘もたいそうな美人で評判であったが、眠りについている末娘は、頭蓋骨に皮を張り付けたような顔になっていた。
くぼんだ眼窩の底で閉じられた目は、眼球の形がはっきりと分かる。
鼻梁は細く、頬がこけているため、頬骨の形が浮き出ている。
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