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天下無双・Ⅰ
しおりを挟む……あ、あきらめるな。
……あきらめてはいかん。
研水は、大入道に行く手を塞がれたことで、萎えそうになった自身の心を叱咤した。
……なんとしても、チヨちゃんだけは。
活路を見出そうとする研水の頭上で、轟ッと風が逆巻く音がした。
その音に繋がる様に、背後で凄まじい破裂音が響く。
音だけではない。
空気の揺れが、研水の背中から後頭部を走り抜けた。
一瞬遅れて、濃密な血の臭いが届く。
一体、何が……。
研水が背後に顔を向けると、辰五郎が膝立ちになり、呆然とした顔で、こちらを見ていた。
視線は、研水より上に向いている。
目を丸くし、研水の前に立ち塞がった大入道を見ているのであろう。
辰五郎の横、少し離れた場所に、大量の血と臓腑をまき散らし、巨大な魚の下半分だけが転がっていた。
人間の部分を失った、人魚の下半身である。
後に研水は、このときのことを辰五郎から聞いた。
辰五郎は、チヨを抱え、這うようにして逃げる研水に襲い掛かろうとした人魚に飛びかかったのだ。
「くそがッ!
チヨ坊に近寄るんじゃねえ!」
怒号をあげて飛びかかった。
しかし、人魚の体表は滑っているため、殴っても拳は滑り、つかまえようにもすり抜けていく。
逆に、人魚の爪は辰五郎の体を抉り、がっしりとつかまえにくる。
辰五郎は、首筋を狙ってくる人魚の牙をさけるだけで精一杯になった。
それでも、研水とチヨを逃がす時間を少しは稼げたかと顔を向けた。
しかし、研水は止まっていた。
托鉢笠を被り、粗末な僧衣を着た大入道が、研水の行く手を阻んでいたのだ。
それを見た瞬間、大入道が右手を横殴りに振った。
右手には錫杖が握られていた。
這う研水の上を通過する軌道で、樫の木で出来た太い錫杖を力任せに振ったのだ。
研水が耳にした轟ッという音は、この錫杖が空気を切り裂く音であった。
唸りをあげる錫杖は、辰五郎と組み合う人魚の脇腹に叩き込まれた。
空気を切り裂いた錫杖の一撃は、恐ろしい威力であった。
人魚の体液の滑りなど物ともせず、衝撃の大半を一気に叩き込んだのだ。
破裂音が響き、人魚の上半身は千切れ飛んだ。
打ち付けた錫杖も衝撃に耐えきれず、折れ飛ぶほどの破壊力であった。
大量の血と臓腑をまき散らし、人魚の下半身だけが地べたに転がったときに、研水は振り返ったのである。
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