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辰五郎・Ⅰ
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それより少し前。
研水は、後藤の言葉に従い、濠端から後ろにさがった。
濠沿いの道を渡り、茶屋の横にある、やや小高くなった塚に移動する。
数本の松が木陰を作り、普段は近くで働く人々の休憩場所になっている場所だ。
松の幹に手を掛けて塚を登ると、内濠がよく見えた。
お城の内濠は広い。
一周は2里(約8㎞)ほどと言われ、幅は場所によって差はあるが1町(約109m)前後だと言われている。
塚から見回せば、左右に延々と濠が伸びていることが分かる。
……ああ、これは。
濠を見た研水は唇を噛んだ。
……私のせいだ。
……私のせいなのだ。
内濠には、無数の小舟が浮いている。
しかし、人魚によって小舟が転覆し、人々が水中に引き込まれているのは、研水が立つ場所から、前方に見える一帯だけであった。
見える限りで、遠く左右の濠は静かなままである。
各藩の小舟も、人魚の数の多さと水上の不利を目の当たりにし、もはや助けに近寄ってこようともせず、ただ木の葉のように浮いているだけである。
悲鳴が聞こえてくるのは前方からのみ。
水面が血に染まっているのも、前方の一帯のみであった。
ここからは見えぬ、内郭の向こう側の濠も静かなものなのであろう。
……私がここにいたからだ。
もう、それは間違いないと思われた。
……私がここで濠を眺めたため、平賀源内は、視界に映る小舟を人魚に襲わせたのだ。
……私がここに立つことが無ければ、あの人々は、殺されていくことは無かったのだ。
……私は一体、なにをしているのだ?
……人を救うために、医者となったのではなかったのか。
……それなのに。
……どうして、こうなってしまったのか。
「下がれッ!」
研水が絶望感に襲われた時、野次馬たちの向こうから、後藤の声が聞こえた。
濠端に立っているのであろう、野次馬たちの向こうに、背の高い後藤の頭が見える。
「化け物が、人魚がそこまで来ておる!
陸へ上がるぞッ!
濠から離れるのだッ!」
続いて届いた後藤の言葉に、研水は蒼白になった。
あの凶暴な人魚の群が陸に上がってくるとなれば、とてつもない被害が出る。
「うわああああ!」
「いる! そこだ!」
野次馬たちの中から悲鳴が上がり、人々は我先にと濠から離れ始めた。
「いかん!」
研水は、塚を降りた。
そのまま、人々の流れに逆行して道を濠側に向かって渡る。
混乱して逃げ出した人々の中で、突き転ばされた老婆を見たのだ。
「危ないッ!
押してはいけないッ!
落ち着いて逃げるのですッ!」
研水は、そう叫びながら逃げる人々の中に入る。
何度か突き飛ばされながらも、地べたに伏せている老婆の元にたどり着いた。
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