大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~

七倉イルカ

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鯰尾の人魚・Ⅰ

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 後藤が駆けてきた濠沿いは、すでに数十匹の人魚が水中から姿を現し、陸側を侵食し始めていた。
 人魚は一様に男性であり、禿頭であったが、体型、腕の長さ、肌の色は差異があった。
 下半身は当然のように魚の形をしているが、これも鱗の大小や有無、色合い、背ビレ、尾ビレの形状などは様々であった。
 人魚と言う種があるとするなら、それぞれの違いは、個体差という枠には収まり切らず、あまりにも不自然な感じがした。

 すでに、野次馬のほとんどは逃げ出していた。
 陸地を器用に這い進むとは言え、地面の上ならば、人間の方が動きは速い。
 「この化け物がッ!」
 と、一匹だけ、突出して前に出ていた人魚に対して、若者の一人が襲い掛かった。

 両手で握った天秤棒を振り上げ、人魚の頭に振り下ろしたのだ。
 天秤棒は、行商人などが使う運搬用の棒である。
 前後に、魚や野菜、飲料水などの商品を入れた桶や籠を吊るし、中央部で肩に担ぐ。
 前後の重量に耐える、太さと硬さをそなえた棒である。
 その硬い棒の一撃が、人魚の頭に向かって振り下ろされた。
 
 人魚が首を傾けて、その一撃をかわす。
 天秤棒は、ぬめる人魚の左側頭部を滑り抜け、左肩でさらに滑り、勢い余って地べたを思い切り打った。

 がかかかかかかかかッ。

 人魚が怒気を吐き出すように吼えた。
 左右のエラが開き、小刻みに震える。
 ぬめる体液で打撃を滑らせ、致命傷を受けなかったとはいえ、無傷ではない。
 天秤棒に引っ掛けられた左耳は半分削げ落ち、左肩にも衝撃を受けている。
 歪んだ顔で牙を剥き、天秤棒の若者との距離を詰めようとする。

 「くそがッ!」
 若者が人魚に向かって天秤棒を構えたとき、風を切って、拳大の石が飛んできた。
 
 後方の野次馬たちが、松林のそばに転がっていた石を拾い、人魚に投げつけたのである。
 ひとつ。ふたつ。みっつ。
 野次馬たちが声をあげ、次々と石を投げる。
 飛んできた石が当たり、人魚が怯んだ。
 
 「これでも喰らいやがれ!」
 さらに、もう一人の若者が駆けこんでくると、手鉤を人魚の顔面に振り下ろした。
 材木用の手鉤である。
 柄の長さは一尺三寸(約39cm)。
 先端には、猛禽類の爪のように湾曲した鉄の鉤がついている。
 この鋭い鉤が人魚の口に入り、下顎を引っ掛ける形に刺さった。

 十分な手ごたえを感じた若者は、「どうだッ!」と叫んだ。
 が、致命傷には届かない。
 さらに手鉤の柄が短かったため、人魚との距離が近すぎた。
 水かきのある人魚の右手が伸び、若者の足首をつかんだのだ。
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