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人魚斬り・Ⅰ
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人魚は地面に着いた両手で、上半身を起こした。
その姿勢から、左手をたたみ、右手を前に出して腹這いとなる。
前に出した右手で地面をつかみ、体を前に引っ張ると、魚の尾を激しく振り、その勢いで上半身を起こす。
そして、今度は右手をたたみ、左手を前に出しながら腹這いになる。
前に出した左手で地面をつかみ、体を前に引っ張ると、魚の尾を激しく振り、その勢いで上半身を起こす。
不自然で異様な動きであった。
その異様な動きが、早い上に捉えにくい。
景山は右手の十手で、人魚をけん制していた。
近づいた人魚は、十手を警戒したのか、動きを変える。
距離を保ちつつ、景山の背後へ回り込もうとしたのだ。
「ちッ!」
景山は、人魚の動きの意図を察した。
左手は、まだ老人を引き上げている。
後ろに回られると、もはや人魚の攻撃を防ぐことは難しくなる。
が、人魚が景山の後ろに回り込もうとする動きを始めたとき、奇妙なものが人魚の口の左端に現れた。
刀の切っ先である。
切っ先は、縦ではなく、横に寝た形になり、人魚の後から前へ突き出されたようであった。
現れた切っ先は、人魚の薄い上唇を斜めに断ち、鼻の下を右上がりに抜けた。
そのまま右目の下を通過し、右のこめかみに達する。
唇の左端から右のこめかみまで、一気に断ち切られた人魚の頭部が宙に舞った。
人魚の頭部は、ほぼ口から下だけが残った。
頭部の断面から大量の血が噴き出し、人魚は横倒しになる。
倒れた人魚の向こうから、後藤が姿をみせた。
右手は、後から人魚の頭部を斜めに斬り飛ばした刀を握っている。
「後藤ッ!」
景山が驚いた顔になった。
「次がくる!
早く、その漁師を岸へと引き上げろ!」
後藤がそう叫んだ時、別の人魚が姿を現した。
石垣に手をかけ、よじ登って来た人魚が、濠端に両手を掛け、ぐいっと上半身を持ち上げたのだ。
やはり頭髪は無く、全身が水死体のように青紫色にむくんでいる。
「おぬしも、ぬめっておるのう」
後藤は、その人魚に向かって間合いを詰めると、腰を沈めて高さを合わせ、左から右へ、刀を走らせた。
伸びた刃は、人魚の右肩の上を滑った。
人魚の体を覆う、ぬるぬるとした体液が、刃の軌道を不安定に反らすのだ。
このままでは深手を与えることは出来ないが、後藤は刀身が滑ることを計算に入れ、下顎角という位置に刃を入れた。
耳の下から顎の先端にかけての輪郭部分が、下顎角と言われる。
いわゆる「エラ」と呼ばれる部分だ。
そして、人魚のこの部分には、本物の「鰓(えら)」があった。
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