143 / 204
死地・Ⅱ
しおりを挟むこの状態のときに、跳ね上がった人魚が襲い掛かってきたのである。
……!
景山の右手が、反射的にピクリと動いた。
片膝立ちから抜刀し、人魚が落ちてくる前に、薙ぎ斬るつもりであったのだ。
ところが、それが不可能なことに気付いた。
左手が下がり、抜刀の邪魔になることは問題ではない。
三寸(約9cm)の隙間があれば、刀を抜くことはできる。
問題は、左手がふさがり、鯉口が切れないことであった。
刀は通常、鞘に収まっている。
鞘の空洞は、当然、納める刀よりも大きい。
しかし、そのままでは、鞘の中で刀身が動き、鞘の内に刃がこすれて痛む。
さらに、何かの拍子で刀が抜けてしまうこともある。
それを防ぐため、刀身の根元の鍔と接する部分に、鎺(はばき)という、1寸足らずの金具がはめ込まれている。
刀身の根元は、鎺の部分だけ厚みが増している。
この鎺が、刀身を出し入れする鞘の口にギチリと密着するのである。
鎺で固定され、刀身は鞘の中で浮いた状態になり、刃が鞘の内側に擦れて痛むことはない。
固定されているため、何かの拍子で刀が抜けることも無い。
抜く場合は、左手の親指で鍔を押し、鎺の部分を鞘の外へと押し出す。
これで刀身は拘束から解かれ、素早く抜けるようになるのだ。
鞘の口は、鯉口と呼ばれ、鍔を押して、鎺を押し出す動作を「鯉口を切る」と言う。
もちろん、鯉口を切る動作を無視し、強引に刀を抜くことは出来る。
が、容易には抜けず、抜いた瞬間に体勢を崩し、戦えるものではない。
景山は刀に執着することを止めた。
そして、右前方から、覆いかぶさるように襲い掛かってくる人魚に対して、右手を横殴りに払った。
ギチャッ。
湿った肉を打つ音がし、人魚は濠端にドサリと落ちた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
江戸時代改装計画
華研えねこ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。
「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」
頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。
ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。
(何故だ、どうしてこうなった……!!)
自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。
トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。
・アメリカ合衆国は満州国を承認
・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
幕府海軍戦艦大和
みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。
ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。
「大和に迎撃させよ!」と命令した。
戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
夢のまた夢~豊臣秀吉回顧録~
恩地玖
歴史・時代
位人臣を極めた豊臣秀吉も病には勝てず、只々豊臣家の行く末を案じるばかりだった。
一体、これまで成してきたことは何だったのか。
医師、施薬院との対話を通じて、己の人生を振り返る豊臣秀吉がそこにいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる