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死地・Ⅰ
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……いかん!
景山は、自身に迫る死を感じた。
引き上げようとしている漁師の右後方の水面が盛り上がると、次の瞬間、盛り上がった水面の頂点を割り、人魚の頭が現れたのだ。
速度をつけ、水底から一気に浮上したのであろう、頭、肩、胸、腹が現れてもなお、人魚の勢いは衰えることがなく、大きく跳ね上がってくる。
濠の水で濡れた頭部は、おそらく剃られているのであろう、他の人魚と同じく無毛であった。
若い男に見えたが、細かく判別するほどの時間は無い。
ただ、口が裂けるように広がり、人間ではありえないほどの長大な牙が剥き出しになっていた。
両腕は、獲物に襲い掛かる熊のように持ち上がっている。
人魚の両腕は、間違いなく自分にまで届く。
一瞬のことであったが、景山は、これらのことを緩慢な時間の中にいる感覚で捉え、判断していた。
時間の流れをゆるやかに感じるときは、経験上、死地にいるときである。
それにしても、これほど時間の流れをゆるやかに感じたことは無かった。
おそらく動きを一つ間違えれば、死に直結する場面なのだと景山は理解した。
襲い掛かってくる人魚に対して、景山の体勢は、あまりにも不利であった。
景山は左膝を地面に着き、濠端から下に向かって左手を伸ばしている。
その左手は、下から手を伸ばす漁師の左手をがっちりと握っていた。
ずぶ濡れになり、景山の左手にしがみついているのは、老いた漁師である。
形ばかりの小さな髷は濡れて解け、恐怖に歪む皺の深い形相には、白髪がまとわりついている。
恐慌に陥った老漁師は、景山の左手を握り合わせているだけではなく、右手で景山の左手首をつかんでいた。
景山であっても、この体勢から大人の人間一人を左手一本で持ち上げることはできない。
老漁師が右手で石垣をつかみ、よじ登る動きをみせてくれれば、引き揚げることは出来るが、何度、右手で石垣をつかむように言っても、混乱している老漁師の耳にはとどかなかったのだ。
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