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佐賀藩藩士

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    ◆◇◆◇◆◇◆

 江戸城の内濠。
 「そう、緊張しんしゃんな」
 佐賀藩士古賀新之助は、小舟の櫓を操る漁師に声を掛けた。
 声が優しい。
 三十代前半。たすき掛けで両袖を押さえ、二間半(約4.5m)ほどもある長柄槍を立てている。
 
 「……お侍様。
 この濠に化け物がおるとは、本当でございましょうか?」
 若い漁師が怖々と聞く。
 
 「わいも、麒麟が暴れた話は聞いとうじゃろう。
 そんだけやなく、人面の鳥やヌエん、討たれたて聞く。
 こん濠に、人魚がおってんおかしゅうはなかろう」
 新之助の言葉に、漁師の顔が泣き出しそうに歪む。
 恐ろしいのだ。

 「そいばってん、心配しんしゃんな。
 佐賀鍋島家ん家来は、そん昔、化け猫の妖怪ば退治したんやぞ。
 人魚ごときに負けんせん」

 新之助が言うのは、この時代より210年前(慶長12年・1607年)のことである。
 佐賀藩二代目藩主、鍋島光茂が、ささいなことから家臣の龍造寺又七郎を斬殺してしまったことが始まりであった。
 殺された又七路の母は、飼っていた猫に恨みを語りに語り、その後、自ら胸を突いて命を絶ってしまう。
 恨みを聞いた猫は、畳に流れる又七郎の母の血を舐めると、化け猫へと変じ、夜な夜な城内に現れては、鍋島光茂を苦しめたのである。
 この化け猫を家臣の伊藤惣太、小森半左衛門が見事に退治した。
 これは「鍋島化け猫騒動」として伝わっている。

 「鍋島家のお侍の武勇伝は、聞いております」
 漁師が強張った笑みを作って、新之助に言う。
 が、返事は無かった。
 見ると、新之助が半眼になって濠の水面を見詰めていた。
 いつの間にか腰を少し沈め、天に向かって立てていた長柄槍を水平に近い位置まで倒し、構えている。
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