130 / 204
人魚の捕獲方法・Ⅰ
しおりを挟む「あれは、外様大名を動かさないという話ではない」
研水に向かって、景山が答えた。
「外様大名に怪物退治を命じ、その結果、それぞれが国許から多くの兵を呼び寄せれば、新たな災いのタネになるかも知れぬという話だ」
ここでは他に耳があるためであろう、景山は『災いのタネ』と言葉を濁したが、外様大名の兵が江戸に多数集まれば、謀反が起きるきっかけになるかも知れないという意味である。
確かに、正しくはそういう話であった。
「見てみよ」
景山の言葉に、研水は改めて濠を見た。
「指揮を執る者、槍を持つ者、あの者たちは江戸に在中している各藩の藩士だが、実際に船を操り、網を仕掛けている者は、雇われた漁師たちだ」
景山の言葉通りである。
小舟の多さと、それぞれの船首になびく各大名家の家紋の旗に圧倒されたが、小舟に乗って動いている者たちは、ほとんどが漁師姿の者であった。
「濠の人魚を捕らえるだけなら、兵はいらぬ。
漁師を雇って捕らえよ。
おそらく、江戸の大名屋敷に詰めている各藩の家老たちは、老中から、そのように命じられたのであろう」
「そういうことでございますか」
外様大名たちは、人魚の捕獲だけではなく、とんでもない数の漁師を雇う出費を命じられたと言うことだ。
負担は大きい。
「実はな、濠に人魚がいるのではないかという噂は、以前よりあったのだ。
ぬえや犬神憑きの件で、世間が騒ぎ出すより前だ」
「真でございますか?」
景山が苦い表情を浮かべて言い、研水は驚いた。
「とは言っても、信憑性はまるで無かったため、酔っぱらいの戯言か、大きな鯉でも見間違えたのであろうと捨てておいた。
後藤など、お城の濠に人魚が棲むなど、風流ではないかとぬかしておったわ」
後藤ならば、言いそうな言葉であった。
当の後藤は、濠の小舟の見物に集まった人々と言葉を交わし、笑い合っている。
さっきまでケンカ腰だった火消しの辰五郎が、一番楽しそうな笑顔を見せていた。
「しかし、犬神憑きの蔵破り、ぬえ殺し、人面鳥の件があった後も、人魚の話は別物だと、気にもしなかったのは失態であった」
景山は小さく唇を噛んだ。
景山は悔いているようだが、これは仕方があるまいと研水は同情した。
何かしらの被害が出たのならばともかく、お濠で人魚を見たという噂だけなら、奉行所が動くことは難しい。
そこまで枠を広げてしまえば、刑場で鬼火を見た、山でキツネに化かされたというような話にまで人を割かねばならなくなる。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
江戸時代改装計画
華研えねこ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。
「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」
頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。
ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。
(何故だ、どうしてこうなった……!!)
自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。
トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。
・アメリカ合衆国は満州国を承認
・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
幕府海軍戦艦大和
みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。
ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。
「大和に迎撃させよ!」と命令した。
戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる