大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~

七倉イルカ

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人魚の捕獲方法・Ⅰ

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 「あれは、外様大名を動かさないという話ではない」
 研水に向かって、景山が答えた。
 「外様大名に怪物退治を命じ、その結果、それぞれが国許から多くの兵を呼び寄せれば、新たな災いのタネになるかも知れぬという話だ」
 ここでは他に耳があるためであろう、景山は『災いのタネ』と言葉を濁したが、外様大名の兵が江戸に多数集まれば、謀反が起きるきっかけになるかも知れないという意味である。
 確かに、正しくはそういう話であった。

 「見てみよ」
 景山の言葉に、研水は改めて濠を見た。
 「指揮を執る者、槍を持つ者、あの者たちは江戸に在中している各藩の藩士だが、実際に船を操り、網を仕掛けている者は、雇われた漁師たちだ」
 景山の言葉通りである。
 小舟の多さと、それぞれの船首になびく各大名家の家紋の旗に圧倒されたが、小舟に乗って動いている者たちは、ほとんどが漁師姿の者であった。
 
 「濠の人魚を捕らえるだけなら、兵はいらぬ。
 漁師を雇って捕らえよ。
 おそらく、江戸の大名屋敷に詰めている各藩の家老たちは、老中から、そのように命じられたのであろう」
 「そういうことでございますか」
 外様大名たちは、人魚の捕獲だけではなく、とんでもない数の漁師を雇う出費を命じられたと言うことだ。
 負担は大きい。
 
 「実はな、濠に人魚がいるのではないかという噂は、以前よりあったのだ。
 ぬえや犬神憑きの件で、世間が騒ぎ出すより前だ」
 「真でございますか?」
 景山が苦い表情を浮かべて言い、研水は驚いた。

 「とは言っても、信憑性はまるで無かったため、酔っぱらいの戯言か、大きな鯉でも見間違えたのであろうと捨てておいた。
 後藤など、お城の濠に人魚が棲むなど、風流ではないかとぬかしておったわ」
 後藤ならば、言いそうな言葉であった。
 当の後藤は、濠の小舟の見物に集まった人々と言葉を交わし、笑い合っている。
 さっきまでケンカ腰だった火消しの辰五郎が、一番楽しそうな笑顔を見せていた。

「しかし、犬神憑きの蔵破り、ぬえ殺し、人面鳥の件があった後も、人魚の話は別物だと、気にもしなかったのは失態であった」
 景山は小さく唇を噛んだ。
 
 景山は悔いているようだが、これは仕方があるまいと研水は同情した。
何かしらの被害が出たのならばともかく、お濠で人魚を見たという噂だけなら、奉行所が動くことは難しい。
そこまで枠を広げてしまえば、刑場で鬼火を見た、山でキツネに化かされたというような話にまで人を割かねばならなくなる。
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