大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~

七倉イルカ

文字の大きさ
上 下
121 / 204

牡馬と牝馬・Ⅱ

しおりを挟む
 
 「玄白殿。
 牡でなくてはいかぬのか?」
 後藤が、玄白に視線を向けて言う。
 「……何とも言えませぬ」
 玄白は手を伸ばすと、写本をめくった。
 「ただ、ぐりふぉむは牝馬を見つければ、これと交尾し、子を腹ませるとあります」
 玄白は加吉に視線を向けた。
 加吉は膝を使って器用に玄白に近づくと、写本を受け取り、頁を開いたまま、景山と後藤に差し出した。
 「牝馬から生まれるものは、やはり怪物であり、ぐりふぉむと違い、後脚は馬のそれだと書かれています」
 そこには、ぐりふぉむとよく似た怪物の絵図があった。
 猛禽類に似た頭部と前肢。
 そして、背に生えた巨大な翼。
 しかし、下半身は猫を想像させるものではなく、馬のものであった。
 尾も、猫のように短い毛に覆われたものではなく、長い毛に包まれている。
 「……この怪物は、『ひぽぽぐりふむ』と呼ばれると記されております」
 「ふむ。生きた牝馬で釣るかとも思ったが、このような怪物を増やされても困るな」
 絵図を見た後藤、本気とも冗談ともつかぬことを言った。

 ……なんという間の悪さか。
 研水は、泣きたくなるような思いであった。
 馬肉を用意すれば、ぐりふぉむを誘き出せることができるかも知れないのだ。
 このことを昨日、いや、今朝までに知っていれば、囮役を引き受けなくて良かったのではないかという考え、動悸が激しくなるほどであった。
 ……いや、もしかして、今からでも。
 「研水殿」
 心の内が顔に出ていたのか、不意に後藤に呼ばれた。

 「は、はい」
 「おぬし、馬に乗れるのか?」
 うろたえながら返事をすると、何やら意味深なことを聞かれた。
 馬には乗れない。
 乗れないが、「馬に乗ることはできませぬ」とは言えず、「あ……、な」と言葉を詰まらせてしまう。
 研水の頭の中には、後ろ手に縛られ、牡馬に乗せられている自分の姿が浮かんでいた。
 囮と言うより、もはやエサである。

 「後藤。からかうのはよせ」
 景山が言うと、後藤は「くくく」と低く笑い、「冗談だ。研水殿」と付け加えた。

 「研水殿」と、景山が研水を見た。
 「後藤は頼りになる男だが、根っこにあるのは、「面白い」か「面白くない」でしかない。
 何を言われても聞き流しておればよい」
 「根っこに二つしかないとは、失礼なことを言う」
 後藤が片眉をあげて、不満そうに景山を見た。
 「「面白くない」なら、「面白くしてみよう」という根もあるわ」
 そう反論し「ふふん」と小さく笑った。



 ※グリフォンと牝馬の間から生まれるのは、ヒッポグリフ(hippogriff)
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。  だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。 その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...