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怪物合戦・Ⅱ
しおりを挟む「空を飛ぶ怪物だけではない。
町人の間で、お城の濠で奇妙な生き物、人魚を見たという噂が流れていることも、我らの耳に入ってきた。
しかも、今、聞けば、研水殿も目撃したと言うではないか。
人魚が石垣を登り、城内に入り込めるかどうかは知らぬが、これも捨てておくことは出来ぬ事案だ」
「……か、景山様!」
研水は思わず、大きな声をあげた。
旗本が頼りにならずとも、徳川家には無尽蔵の戦力があることを思い出したのだ。
「全国の大名たちは、みな徳川家の支配下にあるのでしょう。
上様が一言、怪物を退治せよと命ずれば、たちどころに万の軍勢が集まるのではありませぬか?」
「……そう簡単な話では無いのだ」
景山が渋い顔になる。
「本当の合戦ならば、旗本衆が上様をお守りし、大名が兵を出して敵と戦う形になろう。
しかし、今回の場合は、これが難しい。
徳川家の信頼の厚い譜代大名が兵を出し、もし怪物に敗れるようなことになれば、幕府の威厳は失墜し、譜代大名の戦意戦力が下がる」
譜代大名とは、この場合、関ヶ原の戦い以前より徳川家に仕えていた大名のことである。
「……では、外様大名に命じられては?」
外様大名とは、関ヶ原の戦いの後に、徳川家に仕えることになった大名のことである。
「江戸に滞在している外様大名に従う家来の数は、そう多くはない。
怪物退治を命ずれば、本国より、数千の兵を江戸に呼び込むことを許可せねばならぬ。
……しかし、それほどの兵を入れれば、その穂先が、怪物では無く、上様に向けられる可能性が出てくる」
……反乱の誘発か。
研水は黙り込んだ。
たしかに、200年以上冷遇されてきた外様大名たちは、未だに徳川家を打ち倒す機会をうかがっているかも知れない。
「結局、老中たちは、南町奉行の岩瀬様、北町奉行の永田様に対して、合戦に定義したとは言え、そもそもこれは、江戸の治安に関する問題である。
即刻、解決せよ。
と、厳しい沙汰を下されたのだ」
そう言った景山は、眉の間にしわを寄せた。
見ると、佐竹も苦い顔になっている。
たしかに、とんでもないことである。
人数、武装で勝る旗本勢が大敗を喫したと言うのに、幕府は、人数、武装で劣る奉行所に、怪物退治を丸投げしてきたのだ。
しかも逆らうことはできぬ。
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