115 / 202
怪物合戦・Ⅰ
しおりを挟む「今朝、新たに五人が息を引き取り、討伐戦に参じた旗本の戦死者は九十七人にのぼった。
大怪我をした者は、百を超えておる」
景山がそう言った。
六郎から聞いてはいたが、凄まじい損害であった。
巨大だったとは言え、一頭の生き物が、わずか一刻足らずの間に行ったことなのである。
ネズミの群の中に、興奮した猫を投げ込んだような惨状であった。
「事を進めた老中首座の土井様は、上様から厳しいお叱りを受け、また大将として軍を率いた村沢様は、蟄居を命じられた。
……だが、とんでもないと申したのは、このことではない」
景山は、厳しい顔のままで続けた。
「この後、奉行所に下された沙汰だ……」
「我らはな、旗本たちは幕府の威信にかけ、再び軍を編成し、次こそ、あの化け物を退治すると思っておったのだ」
後藤が口を挟む。
景山はチラリと後藤を睨んだが、説明の補足になると思ったのか、とがめることはせず、研水に視線を戻した。
「しかし、協議を重ねた老中たちは、今回の怪物騒動を「合戦」と断定し、旗本たちをみな、本来の役目に戻すと決めてしまった」
「本来の役目……とは、なんでございましょう?」
研水は遠慮がちに聞いた。
まだ話がよく見えてこない。
「合戦において、旗本本来の役目とは、本陣備え。
上様をお守りすることである」
研水の質問に、景山が答えた。
「しかし、怪物討伐を合戦と位置付けるなど、強引にもほどがあるわな」
「後藤!
つまらぬことを申すな!」
軽口を入れた後藤に対し、佐竹が怖い顔で叱責した。
「佐竹様。
ここにいるのは、我ら四人のみでございます。
建前は抜きにして話した方が、研水殿にも伝わりやすいでしょう」
後藤は、佐竹の叱責をいなすように返した。
……我ら四人か。
……私も入っているのだな。
研水は、後藤の言う「我ら」の数に、自分が入っていることを不安に感じた。
「旗本が大敗したことより、あの怪物が空を飛んで逃げたことが問題であったのだ」
後藤が、研水に向かって言う。
「景山が討った人面鳥も、空を飛んでおったな。
つまり、江戸を騒がす化け物の中には、お城の濠を飛んで渡り、上様のおられる本丸御殿へ降り立つことの出来るものがいる」
「それは……」
研水は唾を飲み込んだ。
それは確かに大問題であった。
城内に怪物が現れ、上様に万が一のことがあれば大変なことになる。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる