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六郎
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研水は、陽が暮れはじめる前に帰宅した。
山を歩き回り、幾つかの野草を摘んだため、草履や足袋だけではなく、手の指先までもが泥で汚れていた。
「旦那様! 旦那様!」
研水が戻ってきたことに気付いた六郎が、慌てた様子で、離れの方から現れた。
疲れた研水に、六郎の胴間声がガンガンと響く。
「今、戻った。
六郎。お前は、もう少し、声を抑えよ」
「どこに行っておられたのですかい」
下男の声の大きさに苦情を言いながら土間に入ったのだが、当の六郎は、声を抑えずについてきた。
研水はあがり框に腰を下ろした。
「麻布じゃ。
ともかく、足を洗う。
桶に水を……」
「それどころではありませぬ」
六郎は興奮した顔で言う。
外出から戻り、疲れた主人が、汚れた足を洗うよりも大事なことが起こったらしい。
「……何があったのだ。
申してみよ」
研水は溜息をつくと、あきらめた顔で言った。
「旦那様がおらぬ間、浅草寺に麒麟が出ましたぞ」
「麒麟が……」
さすがに研水も驚いた顔になった。
(麒麟……、たしか、ぐりふぉむだったか)
禽獣人譜に描かれていた精密図を思い出した。
「境内に現れたのか?」
「そう言う話でございます。
大提灯を壊して外に出るや、暴れに暴れて、お侍が3000人も死んだと言いますぞ」
「3000人!」
研水は目を剥いた。
「それは、あまりに被害が大きい。
話に尾ひれがついたのであろう」
「なんの、わしは、この目で見ました」
「見た?」
「浅草寺から逃げてきた油売りが、麒麟が大暴れしていると騒いでいたので、これは見に行かねばならぬと、取る物も取り敢えず駆け出したのでございます」
……こいつ、家の仕事を放りだし、見物してきたのか。
研水は叱ろうとしたが、話がややこしくなりそうなのでやめた。
「すでに麒麟は逃走した後でありましたが、浅草寺の前の広い通りは、一面、血の海でーになっておりました。
手足、臓物、首までもが散乱し、地獄のように惨い有様でしたわい」
生々しい六郎の言葉に、研水は、人面鳥に襲われた時のことを思い出した。
……!?
……景山様は!?
「ろ、六郎!
景山様は、どうした。
まさか、その場にいたのではなかろうな」
「景山……様?
あ、ああ、あの御内儀が好き過ぎて、旦那様に悋気を湧かし、斬りかかろうとしたお侍ですな」
「こ、こら!
話を盛って、適当なことを言うでない!」
たまらず研水は叱責した。
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