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怪しい駕籠・Ⅰ

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 町駕籠の前には、駕籠かきが背を丸くして、しゃがみ込んでいた。
 汚れた手拭いでほっかむりをし、顔を伏せがちにしているため、人相は分からない。
 後藤の立つ位置からは見えないが、駕籠の後には、もう一人の駕籠かきがいるのであろう。

 ……駕籠の中に誰かいるな。
 後藤は、そう推測した。
 帰路の空駕籠で、たまたま怪物騒動に出くわしたのならば、駕籠かきは、商売道具の駕籠を担いだまま、逃げ出すはずである。
 野次馬になるとしても、もう少し、駕籠を安全な場所に移動させるであろう。
 しかも、駕籠かきの姿勢は、野次馬とは思えない。
 駕籠の中にいる主人に仕え、膝をついてしゃがんでいるように見える。

 駕籠は、あんぽつ駕籠と呼ばれる上等な町駕籠である。
 庶民が気軽に使う駕籠ではない。
 前後には小窓、左右には引き戸があるが、どれもが閉じられ、左右の引き戸は、閉じた上に、ゴザが掛けられていた。
 ……あのようにしていては、外を見ることはできぬ。
 ……ならば、野次馬とも違うのう。
 ……窓を閉じていたとは言え、何かしらの音を立てて、怪物に合図を送ることはできよう。
 「人間には聞こえぬ音か……」
 後藤はつぶやいた。
 
 怪物は、田伏を横ぐわえにしたまま、広小路を走り出した。
 田伏の悲鳴が高くなり、小さくなっていく。

 「佐竹様」
 後藤が呼ぶが、佐竹は答えない。
 口を開けたまま、丸くした目を空に向けていた。

 「お腰のモノをお借りしたい」
 そう言うと、佐竹が視線を後藤に向けた。
 「た、田伏が、と、飛んで、飛んで……」
 「さらわれましたな。
 それよりも、気になることがございます。
 わしは、怪物と追いかけっこで刀を落としましたゆえ、佐竹様の刀をお借りしたい」
 「刀?」
 「はい」

 困惑している佐竹に槍を押し付け、後藤は刀を拝借した。
 それを腰に差しながら、あんつぼ駕籠へと近づいていく。
 
 怪物が飛び去り、逃げていた雑兵たちがパラパラと戻ってくると、それに紛れるようにして広小路を渡った。
 と、駕籠かきが、わずかにこっちを向いた。

 ……気付かれたか!?
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