93 / 204
卑劣漢・Ⅰ
しおりを挟むぐりふぉむは隅田川に背を向け、浅草広小路に戻ってきた。
先ほどとは違い、ゆっくりと進んでくる。
もはや、声をあげる旗本は無く、静まり返った広小路に、ぐりふぉむの前肢の爪が、サクッ、サクッと、地面に食い込む音が小さく響いた。
景山は、団子屋の軒下に身を寄せ、静かに太刀の鯉口を切った。
広小路を挟んだ向かいに目を向けると、煮売り酒屋の出入り口あたりに、後藤と佐竹がいた。
後藤は、雑兵が落としたらしき槍を手にしている。
が、ぐりふぉむに突き掛かる隙を狙っている様子はない。
襲い掛かってくれば、槍で抵抗するのであろうが、自ら攻めるつもりは無いようであった。
旗本勢と戦ったぐりふぉむは、すでに臨戦状態になっている。
後藤ほどの使い手が、それを理解してないはずはない。
浅草寺の境内で、指を斬り落としたときのように、上手くいくとは考えていないのであろう。
残っていた東の陣の盾兵たちは、路地に隠れるか、戸口が開きっぱなしであった店の中へ逃げ込んだようであった。
景山は、西に目を向けた。
1町(約109m)より先に、突出した正面軍と西陣の生き残りが、壁を作っていた。
逃げずに留まっている。
しかし、戦術的に優位な配置に移動するなどと言った動きも無い。
もはや戦意も萎え、脅えて、身を寄せ合い、固まっているだけのように見える。
このままぐりふぉむが進み、距離が詰まってしまえば、散り散りに逃げ出すのではないかと思われた。
ぐりふぉむは、ゆっくりと景山の前を通り過ぎていく。
広小路の道幅自体が、優に1町はあるため、道の中央を進むぐりふぉむとの距離は、それなりに開いている。
ぐりふぉむの体は、赤く濡れていた。
嘴と爪で引き裂いた、旗本や雑兵の返り血で濡れているのだ。
……ぐりふぉむも手傷を負っているな。
景山は目を細めた。
ここからは、ぐりふぉむの左半身が見える。
左わき腹にひとつ。
左後脚、人間で言えば太ももにあたる部分にふたつ。
体毛がささくれ、血がこびりついている場所があった。
火縄銃の弾が、命中した箇所である。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
江戸時代改装計画
華研えねこ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。
「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」
頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。
ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。
(何故だ、どうしてこうなった……!!)
自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。
トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。
・アメリカ合衆国は満州国を承認
・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
幕府海軍戦艦大和
みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。
ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。
「大和に迎撃させよ!」と命令した。
戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる