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首斬り浅右衛門
しおりを挟む山田浅右衛門とは、試し斬りを生業とする、山田家当主の名乗りである。
将軍に献上された刀剣などを管理する、腰物奉行に仕え、御試御用という試し斬り役を務めていたが、旗本でも御家人でもなく、身分は浪人であった。
首切りという不浄の仕事をしているためとも言われるが、定かではない。
剣の腕前が何よりも大事なため、世襲制ではない。
山田家は多くの門人を取り、その中で最も腕の立つ者が当代を継ぎ、山田浅右衛門と名乗った上で、御試御用を務める。
試し斬りは、正しく人間の体を使う。
そのため、罪人の斬首は、浅右衛門にとって、またとない試し斬りの機会であり、斬首の役目を敬遠したい同心の思惑と、利害が一致するのだ。
浅右衛門は代役を務めるにあたって、同心から心付けをもらうことは無い。
逆に、幾ばくかの金を同心に払う。
言わば、斬首の役目を買い取るのだ。
斬首を命じられた同心にしてみれば、奉行所から、研ぎ代の金二分を受け取り、役目は、浅右衛門に譲ったうえで、浅右衛門からも、金を受け取ることができる。
これほど美味しい話はなかった。
浅右衛門も、損になるわけではない。
試し斬りをすることによって、首を落とした罪人の死体の所有権を得ることができるのだ。
これが大きい。
浅右衛門は、腰物奉行の仕事だけではなく、諸大名より、刀剣の試し斬りを頼まれることも多い。
これぞと言う業物を手に入れた大名が、どれほどの斬れ味があるのか、浅右衛門に鑑定を頼むのである。
このとき、浅右衛門は、死刑場から引き取った首なし死体を、横に寝た形に二体、三体と重ねて固定し、試し斬りを行う。
一太刀で、二つの胴が両断できれば、二つ胴。
一太刀で、三つの胴が両断できれば、三つ胴と、太刀の茎(柄に収まっている部分)に銘を入れる。
この鑑定は、刀ひと振り10両だったとも言われている。
それだけではなく、引き取った死体の脳、肝臓、胆嚢などで丸薬を作り、山田丸、浅右衛門丸などの名で売った。
当時、人体のこれらの部位は、大いに薬効があると言われ、山田丸、浅右衛門丸は、高値にもかかわらず、飛ぶように売れた。
このように、罪人の斬首は、山田浅右衛門が行うことが多かった。
しかし、腕に自信のある同心の中には、役目を務める者もいた。
後藤平馬は、そのような同心の一人である。
雨の日に、斬首が行われたことがあった。
引き出された罪人は、手伝人足たちの手によって、血溜まりの穴に、首を突き出す姿勢を取らされた。
風の強弱が激しく、引き出された罪人は、首の後ろに、冷たい大粒の雨が叩きつけられる都度、刃が入り込んだのかと錯覚し、悲鳴を上げ、体をのけぞらせた。
そこに、傘を差しながら、後藤がやってきた。
右手には、すでに抜き放った太刀を下げている。
罪人の横に立った後藤は、少し傘を傾け、空を見上げた。
「……陽が射してきたな」
そう呟く。
罪人を押さえつけていた手伝人足たちは、つられた様に空を見上げた。
罪人の耳にも、後藤の声が届いた。
しかし、押さえつけられているため、首を反らして、空を見上げることはできない。
罪人は、首を左に回し、面布の隙間から、空を見上げようとした。
見えた。
思っていたより首が回り、はっきりと空が見えた。
しかし、陽など射していない……。
雨が……、降って、い…………。
罪人の首が、血溜まりの穴に、コロンと落ちていた。
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