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有原老歩

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 老歩の技は、相手の体の芯を自在に操ると言われ、素手でかなうものは皆無だったと言われる。
 しかも、相手と言うのは、人間に限らなかった。

 ある日、酔った老歩が、成長した牡牛の横に立ち、手の平で牛の肩をトンと押したことがあった。
 すると、牡牛は、トットットッと横へと移動した。
 牛が横移動することは滅多にない。
 しかし、その牡牛は、重心が定まらないかのように、どんどん横歩きで移動した。
 ようやく止まったのは、最初の場所から、五間(約9m)も移動した後である。

 止まった牡牛は、老歩を見た。
 自分を不愉快な目に遭わせたのが、老歩だと理解している目である。
 怒気を発し、頭を下げて、老歩へ突進してきた。

 牛は動物の中でも、早く走る方ではない。
 だが、重量がある。
 激突されれば、人間など紙屑のように吹き飛ばされる。

 突進してくる牡牛に対して、老歩は逃げなかった。
 逃げずに、右手をひょいと前に出した。
 そして、突っ込んできた牡牛の右の角に、右手の甲を添えた。

 それだけで、牡牛の進行方向が、老歩の体の分だけ反れた。
 「ほりゃ、ほりゃ、ほりゃ」と、老歩が楽しそうに、その場で回転する。
 すると、手の甲で角を押さえられた牡牛が、回転する老歩に合わせて、その周りを回り始めた。
 手の甲と牡牛の角は、ぴったりと張り付いたように離れない。

 「ほりゃ、ほりゃ、ほりゃ」
 老歩は、その場で三回転し、牡牛も老歩の周りを三周した。
 そこで、老歩が右手を離すと、解放された牡牛は、そのまま逃げ去っていった。
 残った老舗は、目を回して嘔吐したと言う。

 後藤は、その老歩から、直々に指導を受けたのだ。
 右手の太刀、左手の十手に、ぐりふぉむの体重が掛かってくる。
 ゆっくりではない。
 一気に掛かってくる。
 それに倒れ込んできた加速が足され、前肢そのものの力も加わる。

 ……相手の力を押し返さず、むしろ引き寄せる。
 ……引き寄せながら、力の方向をかえる。
 後藤は、刹那の瞬間に、太刀と十手に掛かる力を操作した。
 ぐりふぉむの巨体がわずかに傾いた。
 重心がズレる。

 しかし、そこまでであった。
 あまりにも体重差、体格差があり過ぎるのだ。
 体を傾けたものの、ぐりふぉむは倒れるまではいかず、振り下ろしていた右前肢の方向を変えた。
 左前肢で抑え込んでいる獲物に、横から爪を立てる動きであった。

 ……まずいな。
 後藤の顔が、さすがに強張った。
 自身の左から、魔獣の右前肢が迫ってくることを察したのだ。
 
 察したが動けない。
 逃げようとして、力の均衡を崩せば、ぐりふぉむの左前肢で押し潰される。
 絶体絶命であった。
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