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生き餌志願
しおりを挟む「ここから一人で、ゆっくりと化け物に近づきます」
とんでもない言葉から始め、田伏は、自身の一案の説明を続けた。
「たった一人に警戒し、逃げ出す素振りを見せるようであれば、本堂の向こうの捕り方たちに合図を送り、衆を持って追い立て、参道から外へと追い立てましょう」
「襲い掛かってくればどうする?」
当然の質問をした後藤に、田伏は小馬鹿にしたような目を向けた。
「当然、逃げます。
怪物が追ってくれば、参道を通って逃げ、風雷神門を潜って、外まで連れ出します。
後は、旗本たちに任せればよいでしょう」
……自らが、エサとなって、怪物を誘導するのか。
意外と豪胆な男だと、景山は見直した。
「……危険だが、止むを得ないか」
佐竹が、その作戦を許可した。
「平造」
田伏は、後ろで刺股を手にしている岡っ引きを呼んだ。
「お前は、足が速い。
誘き出してこい」
「あ、あっしがですか!」
平造が、悲鳴のような声をあげる。
景山は驚き、佐竹、後藤も、田伏を見た。
「逃げるときの邪魔になるであろう。
その刺股は、置いて行っても構わぬ」
田伏の言葉に、平造は刺股を命綱のように握りしめ、小さく首を振った。
「行ってこい」
「待て」
たまらず景山が声を掛けた。
「田伏殿。
おぬしが行くのではないのか」
「何を言われる」
田伏が怪訝な顔になった。
「そのように危険なことは、同心がすべきではない。
このようなときのため、岡っ引きを飼っているのであろう」
……こいつ、本気でそう思っておるな。
景山は、田伏の歪んだ思考に寒気を覚えた。
……悪い評判しか聞かぬわけだ。
魔獣を誘き出すエサ……、囮か。
景山は、ふと、研水の顔を思い出した。
平賀源内を誘き出す囮になることを提案したら、蒼白になり、目を剥いたのだ。
『お、おお、わ、私に、お、囮に、なれと、い、言われるのですか』
思い出した研水の慌てっぷりが可笑しく、景山は小さく笑みを浮かべた。
あのような提案を研水にしたのだから、ここは、私が出ねば、田伏と同類になってしまうな。
景山は、決断した。
「佐竹様。
生き餌の役は、私がやりましょう」
「景山……」
その言葉に、佐竹の顔が強張った。
「私の案なのですが……」
立案した自分に断りが無かったことが気に入らないのか、田伏が不満そうな声を出した。
「……仕方ない。
まあ、ヨシとしましょう」
田伏は、自分が大きく譲歩したかのような、恩着せがましい態度で言った。
……ヨシとしましょう?
こいつは、もしかして愚鈍なのか?
景山が、田伏の顔を改めて見た瞬間、その顔に拳が叩き込まれた。
田伏は「ごあッ」と声を上げると、引っくり返った。
「ゴミが……」
後藤が吐き捨てるように言う。
田伏を殴りつけたのは、後藤であった。
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