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旗本八万騎Ⅱ

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 「心配か?
 しかし、老中首座が決めたことだ。
 化け物退治は、旗本のイノシシ武者に任せておればよい」
 景山の表情を見た佐竹が、意地悪い口調で言った。

 「ただし、奉行所としての働きも必要じゃ。
 化け物退治などではない。
 一連の騒動を仕組んだものがいるなら、それをひっ捕らえねばならぬ。
 おぬしが、玄白殿から情報を得たことによって、犯人への手がかりを得た。
 事件を解決する主導権は、奉行所にあると言うことだ。
 必ず、平賀源内を捕まえよ」

 「承知いたしました」
 景山は頭を下げた。

 この翌日、浅草寺の境内に、麒麟が降り立ったと言う報告が入ったのだ。
 奉行所、そして江戸城内は一気に慌ただしくなった。
 
   ◆◇◆◇◆◇◆

 麒麟と騒がれた魔獣は、本堂の前に座り込んでいた。
 すでに、庫裡にいた僧侶や参拝者たちは逃げ去っている。

 でかい。
 恐ろしい巨躯であった。
 馬ほどどころか、確実に二回り以上はでかい。

 魔獣は、巨大な翼を背のラインに沿って閉じ、陽だまりにくつろぐ猫のように身を伏せていた。
 猛禽類の脚に似た前肢を組み、そこに鷲に似た頭を乗せてくつろいでいる。
 その姿勢であっても、頭の高さは成人男性の肩近くまであった。

 浅草寺の本堂に被害は無かったが、魔獣が降り立った時に触れたのか、参拝前に手と口を清める手水舎が破壊されていた。
 幾つかの柄杓、石造りの重い手水鉢が、変な冗談のように転がっている。

 報せを受けた捕り方たちは、すでに浅草寺の境内に入り込んでいた。
 本堂に向かって、左斜め後ろに建つ、影向堂、薬師堂。
 右手にある二天門。
 左手前にある五重塔。
 そして、正面にある宝蔵門。
 それらの陰に同心、岡っ引き、手下たちが身を潜め、魔獣をうかがっているのだ。  
 緊急時ということで、北町奉行所も駆り出され、浅草寺の外周を取り囲んでいる。

 景山は、佐竹と共に、宝蔵門の柱に身を潜めていた。
 距離にして十丈ていど(約30m)。
 至近距離と言ってもいい。

 肝心の旗本勢は、景山たちの背後、約三町(約330m)の場所にいた。

 化け物と言えど、境内で殺生する訳にはいかない。
 土井利厚は、浅草寺の境内から外へ、魔獣を引きずり出せと、町奉行に命じたのだ。

 景山は、横目で佐竹を見た。
 佐竹の顔は、強張っていた。
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