大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~

七倉イルカ

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江戸幕府Ⅰ

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  ◆◇◆◇◆◇◆

 ……浅草寺に魔獣が降り立った日の前日。
 三匹の人面鳥が退治された日の午後のことである。

 景山左衛門は、杉田玄白の屋敷を出ると、急いで南町奉行所に戻った。
 玄白に聞いたことを、上役の佐竹に報告するためである。

 与力である佐竹は、最初、機嫌が悪かった。
 人面鳥を退治したのは手柄としても、その後、景山が、駆け付けた同僚の後藤に事後処理を任せ、姿をくらましたからである。
 職務放棄に等しい。

 しかし、景山が、玄白の屋敷で見聞きしたことを話すにつれ、佐竹の表情が変わっていった。
 最初は、胡散臭そうな目で聞いていたが、すぐに興味深そうなものに変わり、驚きへと移ったのだ。

 「あれらは、みな、西洋の怪物だと申すのか。
 しかも、死んだはずの平賀源内が、関わっていると……」
 話をすべて聞き終えた佐竹の顔から、ゆっくりと驚きの表情が消え、替わりに思案する表情が浮かび上がった。
 そして、最後には、唇の端に満足そうな笑みが小さく浮かんだ。

 「……源内の墓の確認は、別の者に命じる。
 おぬしは、玄白殿と連絡を絶やすな。
 気の利いた小者をつけておくがよい。
 玄白殿がさらに思い出したことや助言があるなら、詳しく聞くのだ」

 「はい……」
 返事をした景山は、問うように佐竹を見た。
 なぜ、笑みを浮かべているのかを知りたかったのだ。

 景山の視線の意味に気付いたのか、佐竹は少し考えた後、口を開いた。
 「……おぬしは口が堅い。
 それに、いずれは知れることでもある。
 今、話しても問題はあるまい」
 自身を納得させるようにそう言うと、佐竹は説明を始めた。

 「江戸で怪異が起こり始めてから、もう二ヶ月にもなるか。
 いや、死人歩きなどと言う怪談めいた噂は、もっと以前に聞いた気もするな。
 まあ、あれなどは、若い娘が夜遊びを続け、それを隠すための作り話であろうから、我ら奉行所の関わることではない」
 佐竹の死人歩きの見解は、若い娘の単純な夜遊びであるらしかった。

 「しかし、犬神憑きによる蔵破り。
 あれは、早急に解決せねばならぬ。
 被害に遭った豪商の蔵は、すでに十を超えておろう。
 未だ犯人の目星すらついていないとは、奉行所の立場が無いわ」
 佐竹の口調が厳しくなった。

 「申し訳ございませぬ」
 景山は、深く頭を下げた。

 「あ、いや、つい興奮したが、おぬしを責めているわけではない」
 佐竹が慌てて言う。

 「他にも麒麟が現れたとかいう話もあったな。
 そのような中、杉原様が、ぬえと相打ちになる事件が起こったであろう。
 ……いや、ぬえでは無く、なんと言うたか?」
 佐竹が景山に問う。

 「禽獣人譜には、まんてこあと記されてあったようですが、ぬえでよろしいかと」

 「うむ。西洋の名は、どうにも意味が分からぬからな」と、佐竹は頷いた。
 「ともかく、杉原様が、ぬえと相打ちになった一件で、南町奉行の岩瀬様、北町奉行の永田様が、老中首座の土井利厚様から、呼び出されたのだ」
 佐竹が苦い顔で言った言葉に、景山は緊張した顔になった。
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