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江戸幕府Ⅰ
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……浅草寺に魔獣が降り立った日の前日。
三匹の人面鳥が退治された日の午後のことである。
景山左衛門は、杉田玄白の屋敷を出ると、急いで南町奉行所に戻った。
玄白に聞いたことを、上役の佐竹に報告するためである。
与力である佐竹は、最初、機嫌が悪かった。
人面鳥を退治したのは手柄としても、その後、景山が、駆け付けた同僚の後藤に事後処理を任せ、姿をくらましたからである。
職務放棄に等しい。
しかし、景山が、玄白の屋敷で見聞きしたことを話すにつれ、佐竹の表情が変わっていった。
最初は、胡散臭そうな目で聞いていたが、すぐに興味深そうなものに変わり、驚きへと移ったのだ。
「あれらは、みな、西洋の怪物だと申すのか。
しかも、死んだはずの平賀源内が、関わっていると……」
話をすべて聞き終えた佐竹の顔から、ゆっくりと驚きの表情が消え、替わりに思案する表情が浮かび上がった。
そして、最後には、唇の端に満足そうな笑みが小さく浮かんだ。
「……源内の墓の確認は、別の者に命じる。
おぬしは、玄白殿と連絡を絶やすな。
気の利いた小者をつけておくがよい。
玄白殿がさらに思い出したことや助言があるなら、詳しく聞くのだ」
「はい……」
返事をした景山は、問うように佐竹を見た。
なぜ、笑みを浮かべているのかを知りたかったのだ。
景山の視線の意味に気付いたのか、佐竹は少し考えた後、口を開いた。
「……おぬしは口が堅い。
それに、いずれは知れることでもある。
今、話しても問題はあるまい」
自身を納得させるようにそう言うと、佐竹は説明を始めた。
「江戸で怪異が起こり始めてから、もう二ヶ月にもなるか。
いや、死人歩きなどと言う怪談めいた噂は、もっと以前に聞いた気もするな。
まあ、あれなどは、若い娘が夜遊びを続け、それを隠すための作り話であろうから、我ら奉行所の関わることではない」
佐竹の死人歩きの見解は、若い娘の単純な夜遊びであるらしかった。
「しかし、犬神憑きによる蔵破り。
あれは、早急に解決せねばならぬ。
被害に遭った豪商の蔵は、すでに十を超えておろう。
未だ犯人の目星すらついていないとは、奉行所の立場が無いわ」
佐竹の口調が厳しくなった。
「申し訳ございませぬ」
景山は、深く頭を下げた。
「あ、いや、つい興奮したが、おぬしを責めているわけではない」
佐竹が慌てて言う。
「他にも麒麟が現れたとかいう話もあったな。
そのような中、杉原様が、ぬえと相打ちになる事件が起こったであろう。
……いや、ぬえでは無く、なんと言うたか?」
佐竹が景山に問う。
「禽獣人譜には、まんてこあと記されてあったようですが、ぬえでよろしいかと」
「うむ。西洋の名は、どうにも意味が分からぬからな」と、佐竹は頷いた。
「ともかく、杉原様が、ぬえと相打ちになった一件で、南町奉行の岩瀬様、北町奉行の永田様が、老中首座の土井利厚様から、呼び出されたのだ」
佐竹が苦い顔で言った言葉に、景山は緊張した顔になった。
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