大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~

七倉イルカ

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悪夢

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   ◆◇◆◇◆◇◆◇

 町中を歩いていた。
 覚えがあるような無いような、どうにも、はっきりとしない道である。
 路地と言うほど狭くは無いが、大通りほど広くは無い。

 どこだろう?
 前方に目を凝らすと、突き当りは水路となっていた。
 岸をきっちりと石で固められている。
 水路の向こうは、土壁が視界を防いでいた。

 研水は、恐ろしくなった。
 これ以上、水路に近づくことが恐ろしいのだ。

 なぜだろう?
 なぜ恐ろしいと感じているのか?
 それは、水路が、お城の内濠に繋がっているからだ。
 内濠から、ナマズの尾を持つ人魚が、前方の水路まで入り込んできているのだ。

 そこで、研水を待ち伏せている。
 水路に近づけば、濁った水の中に引きずり込むつもりである。

 近づいてはダメだ。
 研水は、来た道を引き返そうとした。
 しかし、それも出来ないことを不意に思い出した。

 後から大入道が迫ってきているのだ。
 丸い托鉢笠を被った大入道である。
 僧衣の内には、河童と天狗が隠れている。

 どうすればいい?
 どこに逃げれば?
 そのとき研水は、左手の建物に、多くの人々が流れ込んでいることに気が付いた。

 何かの大店だろうか。
 店頭は大きく開け放たれ、人々は広い敷地内へと吸い込まれていく。
 祭りでみる、見世物小屋にも、どこか似ている。

 ここに入ろう。
 ここに入って、やり過ごすのだ。
 研水は、人ごみに紛れて、建物内へと入り込んだ。

 建物中には、幾つもの展示台があった。
 腰ほどの高さで、入ってきた人々が、展示物に触れることができないよう、簡単な竹の柵で囲まれている。
 
 展示台の上には、様々な本草が並べられていた。
 干された植物、木の実、牽かれて粉末状になった木の実、同じく粉末状になった鉱物、乾燥した小動物と思しきモノ、そのほか、見たことも無い本草たち……。
 展示物の前には、それが何で、どんな効能があるのかを説明した紙が貼りつけられていた。
 
 ここは物産会場か!?
 ……いや、そうではない。
 何か、おかしい。
 並べられた本草も説明書きも、行き来する人々までも、曖昧な感じがする。
 ……夢か。
 研水は、自分が夢を見ていることを自覚した。

 夢の中で夢であることを自覚する。
 現代で言う、明晰夢である。
 しかし、夢であることに気付いたからと言って、何でもできることは無い。
 現実世界で身につけた常識や良心、羞恥心、罪悪感が枷となり、たとえ夢だと分かっても、好き勝手なことができる訳では無いのだ。

 研水は、物産会場に、ひとつの集団を見つけた。
 何度か挨拶をしたことがある、本草学者の田村元雄、蘭学者の中川淳庵がいる。
 そして、師である杉田玄白がいた。
 まだ、若いころの師である。
 
 ここは……、ただの物産会場ではない。
 東都薬品会だと、研水は気が付いた。
 玄白から聞いた、東都薬品会の話を夢に見ているのだ。

 ならば、あの男がいるはずである。
 研水は、元雄、淳庵、玄白の向こうに、その男を見つけた。
 魔人平賀源内である。
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