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まろうど来たり

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 「よいか、六郎」
 研水は、邪悪な下男を使いに出そうとした。
 内濠での出来事を話し、同心の景山に伝えてもらうのだ。

 「客人がございました」
 六郎が、研水の言葉をさえぎった。
 
 「私が話しているときは、黙って聞け」と叱責すべきであったが、研水は「客人?」と問い返してしまった。
 「珍しい客人でございました」

 「もったいぶらずに話さぬか」
 研水は顔をしかめた。

 「あれは、人間ではありませぬ。
 大入道でしたなあ」
 そう言った六郎は、何がおかしいのか「くふくふ」と笑った。

 「大入道だと?」
 研水の顔が強張る。
 「馬鹿を言うな」と笑い飛ばすことができない。

 「七尺(212㎝)、いや、八尺(242㎝)はありましたかいのう。
 汚い僧衣に、托鉢笠を深くかぶり、乞食坊主の真似事をしておりましたが、あれは犬神憑きと同じく、妖怪、化け物のたぐいで間違いありませぬ」
 六郎は、嬉しそうに言い切った。

 「わしは、頭から喰らわれるのかと、必死で命乞いしましたら、その大入道は、わしではなく、旦那様に用事があるのだと、そう言うのです。
 いやいや、安堵しました。
 用があるのが旦那様で、まったく良かった」
 ニコニコと笑って言う。

 「そ、それは、いつの話なのだ」
 研水は、笑えない。
 声がうわずる。

 「旦那様は留守だと言うと、大入道は、少し寂しそうな顔を見せましてな。
 わしは、可哀そうになり、「あがって、お待ちになってはどうか」と勧めました」
 六郎は、研水の背後、屋敷の奥を手で示す。

 研水は、思わず立ち上がろうとし、足元の盥を引っくり返した。
 引っくり返った盥の音に、「ひょほう」と、変な声が出る。
 
 「しかし、また来ると言われ、大入道は帰りましたわい。
  九つ(真昼。11時から13時まで)ごろの話でございます」
 六郎は、ようやく研水の質問に答えた。

 「い、いや、待て」
 研水は框に腰を戻した。
 落ち着かねばならない。

 「本当に大入道なのか?
 本人は、何と名乗り、私に何の用があると申したのだ」

 「あれほどの大きな人間はおらんでしょう。
 何用かは、言われませんでしたな。
 しかし、お名前を聞くと、しばらく考えた後、こう言われましたわ。
 『研水先生には、しばてん坊が来たと、そう伝えてくだされ』と」

 「しばてん坊……?」
 研水は小さく首を傾げた。
 意味が分からなかった。
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