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破壊消火
しおりを挟む当時の消火活動は、放水によるものでは無かった。
天水桶の水や龍吐水という手押しポンプも存在したが、ぼやの時点ならともかく、一度燃え上がった炎に対しては、水量が少なすぎて、手の打ちようが無かったのである。
水は消火ではなく、火消しが被り、熱さから身を護ることに使われた。
消火の手段は、周辺家屋の破壊である。
火元の周囲の建物を素早く破壊し、火が届く前に可燃物を撤去し、延焼を防ぐのだ。
これが破壊消火である。
町火消に、大工やとび職が多いのも、彼らが屈強なだけではなく、家屋の構造を熟知し、どこを崩せば、効率よく建物を倒せるかを知っているからだとも言われている。
また、纏持ちが、屋根に上って纏を振るのは、自分たちの組が一番に駆けつけ、消火にあたっているという栄誉を知らしめていることもあるが、この場所で延焼を食い止めるという意味もあった。
纏を振る場所こそが、火災を抑え込む最終線なのだ。
纏持ちが駆け上がった建物から、燃え盛る建物までの建物を破壊していく。
火災現場と、纏の距離が大きく離れていれば、安全に消化できるかも知れないが、それは、不必要な建物も壊すこととに繋がる。
逆に、火元に近すぎるところに纏を掲げれば、破壊消火が間に合わず、火が最終線を越えて広がり、被害が拡大する。
建物の破壊を最小限にしつつ、火災を抑え込む、ぎりぎりの見極めが必要なのである。
そして、それこそが、火消組の名をあげる、勇気の見せどころなのであった。
「っしゃあ!」
「よしこい!」
纏持ちの左右の家屋の屋根に、大団扇を持つ火消したちが駆け上がった。
建物を破壊し、引き倒し、火除地を作っても、風下には、火の粉が風に乗って飛んでくる。
これを大団扇で仰ぎ戻し、火の粉による延焼を防ぐのである。
夜空に向かって、ごうごうと燃え上がる家屋。
その周囲で、次々と破壊されていく建物。
炎に炙られ、照らされながらも、天高く振り続けられる纏。
飛んでくる火の粉を仰ぎ戻す大団扇の列。
野次馬たちの熱狂は最高潮に達し、うねりのような歓声が飛び交った。
…………。
ジャーン……。ジャジャーン。
ジャーン……。ジャジャーン。
ひとつ打ち、間を開けて軽く二つを打つ。
鎮火を知らせる半鐘の音が、江戸の夜空に響き渡っていく。
その夜の火災は、最小限の被害で消火されたのであった。
怪我人も出ず、研水は、駆け付けたことが無駄骨になったことに安堵し、喜んだ。
松次郎が怪我をしたのは、年が明けてからの火災であった。
駒形大橋の辺りで火が出て、消火作業中、屋根から落ちた辰五郎をかばい、右膝を痛めたのだ。
研水は、二度ほど往診に出向いた。
治療自体は、整骨を得意とする、千藤寺の和尚が終えていたが、骨のはまりが悪く、痛みが続いていたのである。
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