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を組の辰五郎

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 「通ります!
 通らせてください!」
 人々をよけながら、研水は少しでも、火元へ近づこうとした。
 ケガ人が出た場合、少しでも早く、手当てをしなくてはならない。

 「あッ!」
 誰かに突き飛ばされ、研水がよろめく。
 と、横から伸びてきた手が、がっしりと研水を支えた。

 「よう、先生!」
 声を掛けられて顔を向けると、支えてくれたのは、若い火消しの辰五郎であった。
 十代後半、まだ二十歳にはなっていない。
 十番組の組頭、仁右衛門の養子である。
 
 「先生が来てくれたんなら安心だ。
 今日は、どんどん押し出していくから、ケガしたときは、頼むぜ」
 辰五郎が笑顔を見せて言う。

 「馬鹿野郎!」
 その辰五郎をいさめたのが、松次郎であった。

 「手前ェの身は、手前ェで守りやがれ!
 誰かがケガすりゃ、その分、消火が遅れるんだ。
 火消しが消火を遅らせてどうすんだ!」
 もっともなことである。
 きつい言葉で怒鳴ってはいるが、若い辰五郎が無茶をしないようにとの配慮もあるのだろう。

 「万が一の時は、全力で手当てしますよ」
 研水は、とりなすように言う。
 
 「ここだッ!」
 そこから十数歩先の酒屋の前で、纏持ちが叫んだ。
 すでに焦げ臭いは充満し、熱い風が吹きつけてくる。

 「おいさ!」
 すぐに梯子が駆けられ、纏持ちは梯子を一気に駆け上がると、そのまま酒屋の倉の上に立った。
 「この火事、『を』組が仕切るぜ!」
 宣言しながら、八角形の中心に『を』と記された纏を持ち上げる。

 「『を』組だ!」
 「『を』組が一番乗りだ!」
 周囲の野次馬から歓声があがる。

 「野郎ども、かかれッ!」
 纏持ちの言葉で、『を』組の火消したちは、わっと前方の家屋に向かって殺到した。
 それぞれが、持ち手に鉄製の鋭い鉤のついた鳶口、刺又、大ノコギリ、大木槌などを手にしている。


 「うらあッ!」
 「この柱を切り倒せ!」
 「壁はこっちから崩せ!」
 逃げ遅れた被災者がいないことを確認した火消したちは、驚くほどの手際の良さで、火元の風下にある建物を次々と壊していく。
 
 破壊消火であった。



 ※ちなみに、現在の消防署の地図記号は、消火活動に使った刺又を図案化したものだそうです。
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