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町火消
しおりを挟む定火消に属する臥煙は、消火活動を本業としているが、町火消に属する火消しは、別に本業を持っている。
他の仕事で生計を立てつつ、いざ火災が起こった時には、火消しとなって消火にあたるのだ。
火消しとしての給金は、出るには出るが、わずかなものである。
命懸けで火を消す見返りとしては、少な過ぎるものであったが、そこに不平を言うのは、粋ではないとされていた。
この町火消に属する火消し達は、頑強な肉体を持つ、大工やとび職などがほとんどであった。
研水は一度だけ、チヨの父、松次郎が消火に働く姿を見たことがある。
昨年の秋口のことであった。
夕刻。食事を終えた研水の耳に、半鐘の音が聞こえてきた。
江戸の町には、あちこちに火の見櫓が建てられており、火災が発見されると、吊るされた半鐘が鳴らされた。
鳴らし方にも決まりがあり、火元に近い火の見櫓の半鐘ほど、ジャンジャンと連打される。
研水が耳にした半鐘の音は、ジャンジャンと連打され、火元が近いことを告げていた。
火事だ!
研水は、慌てて外に出た。
雲が低く、すでに闇が濃い。
通りには、研水と同じく、半鐘に気付いた人々が出てきていた。
道は狭く、密集した家屋で見通しが悪い。
火元の位置が判別できないため、どの顔にも不安の色があった。
空気の中に、焦げ臭い匂いが混じっている。
「あそこだ!」
屋根に上っていた男が声をあげた。
神田明神の方向を指さしている。
指さす方向に目を向けると、三筋向こうあたりの密集地に、ボッと怖い橙色の炎が上がった。
家屋が邪魔になり、炎はわずかにしか見えない。
だが、闇に溶け込んでいた黒煙が、炎によって下から照らされ、禍々しい姿を現した。
研水たちの前に、町火消し達が、勢いよく走り込んできた。
「どいた、どいた!」
野次馬を掻き分け、火元へ向かう火消したちは、そろいの半纏を着ている。
火傷防止のために、分厚く縫われた刺子半纏である。
半纏の背には、『を』の文字が染め上げられていた。
駆け込んできた火消は、上野寛永寺を中心とした一帯を持ち場とする、町火消十番組のひとつ『を』組であった。
「わ、私も!」
研水は、慌てて屋敷に戻ると、薬箱を手にした。
離れに向かって「六郎!」と叫ぶが、返事は無い。
おそらく、すでに野次馬となって、外へと飛び出しているのであろう。
家財道具を持って避難する人々、野次馬となって火災現場に近づこうとする人々が交錯し、通りは騒然としてきた。
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