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嫌な予感
しおりを挟むミイラは、乾燥させた死体である。
薬とされて流通するミイラは、人間のミイラであった。
主にエジプトが、薬用ミイラを商業的に輸出し、当時は、多くの国が輸入していた。
粉末にして服用すると、肺病、喀血などの治療に効果があるとされた。
ウニコールは、額に一本の角を生やした馬、ユニコーンのことである。
この角が、薬として流通していた。
しかし、実際は、ユニコーンの角ではなく、イッカクと呼ばれるクジラの雄から生える、長い角(正確には牙)であった。
この角には、解毒作用があるとされていた。
そして、人魚である。
人魚の肉は、皮膚病に効果があると言われ、また骨は血止めに効果があると言われていた。
その人魚の肉、骨の効能に関する章に、二匹の向かい合う人魚の絵図が描かれていたのだ。
どちらも雄のように見えるが、左が『牡』、右が『牝』と記されている。
これは、ヨハネス・ヨンストンの図譜から模写された人魚図である。
玄白の持つ『禽獣人譜』の人魚図もまた、『まんてこあ』や『はあぴい』と同じく、ヨンストンの図譜から模写されたものであった。
「もう、出てこねェえみたいだな。
どうやら、ナマズの親分は、昼寝を始めたか」
濠を見回した佐吉が、つまらなさそうに言った。
「さあ、仕事に戻るか」
「あたしも見てみたかったよ」
「わしゃ、二度と見たくはないわ。
くわばらくわばら」
集まっていた野次馬が、濠の前から散っていく。
数人は、「では、先生」と、研水に声を掛けてから立ち去る。
研水には、その姿が、物産展の会場を通りから覗き込み、去っていく人々のように見えた。
……なにか面白いことをやっているのか?
……どれどれ。
……あれは何だ?
……珍しいものは無いのか?
そんな好奇心を持って、会場を覗き込む。
その珍しいものが、危険なモノであっても、自分たちには関係ない。
自分たちは、あくまで外の通りから、会場を覗き見している第三者なのである。
危険なモノがあれば、それに対処するのは、会場内にいる、物産展の主催者や参加者なのだ。
自分たちは、あくまで見ているだけの野次馬である。
安全な場所から覗き込み、興味を失えば去る。
しかし、今回ばかりは違う。
すでに江戸が、怪物物産展となっているのだ。
誰も部外者ではいられない。
危険な展示物は、そこかしこに潜んでいるのだ。
と、研水は、まだ濠の前に残っている小さな人影に気付いた。
七、八歳の少女が、濠を覗き込んでいるのだ。
岸辺に柵などは無い。
少女は、濠に近寄り過ぎている気がした。
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