大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~

七倉イルカ

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魔人の行方

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 「景山様。
 おそれながら、まだ、続きがございます」
 玄白が言う。

 「……分かった」
 景山が頷いた。

 玄白がそう言うからには、死んだはずの源内が、今回の事件に関わっている答えがあると察したのであろう。

 「源内は、部屋を離れた隙に、私が『改造新書』を盗み見ることまで、想定していたと思います。
 蘭語を理解できぬ私になら、見られても問題は無い。
 そう考えていたのでしょう」

 研水も景山も、時折掠れる玄白の言葉に集中していた。

 「たしかに『ターヘル・アナトミア』の翻訳を終えた今とは違って、当時の私は、蘭語の単語すら満足に知りませんでした。
 しかし、読むことは出来なくとも、覚えることはできるのです」
 玄白は、どこかうわずった声で続けた。

 「私は『改造新書』の最後の章の章題のつづりを暗記し、帰宅後、それを紙に書き写しました。
 そして江戸番通詞の吉雄耕牛殿を訪ね、これがどういう意味かとたずねたのです」

 「なるほど、その手があったか」
 景山が感心した声を漏らした。

 「それを読んだ耕牛殿は、忌まわしいものでもあるかのように私を見て、こう言いました。
 『こんな言葉をどこで知ったのだ? 
 これは『不死の王への転生術』という意味だ』と……」

 「不死の王への……」
 つぶやいた研水は、眉の間にしわを寄せた。
 言葉のままに『不死』とすれば、それはもう人間では無い。
 それどころか、生き物の範疇からも外れているかも知れない。

 「源内は、自ら不死となるつもりだったのです……。
 あれだけの才能を持つ源内が、魔書を手にし、不死の体を手に入れれば、どれほどの災厄を引き起こすのかと、私は夜も眠れぬほどでした」

 「だが、源内は死んだのであろう」

 「はい。獄死しました。
 なにより、私がその遺体を引き取り、浅草の総泉寺へと埋葬したのです」
 このとき、杉田玄白は、平賀源内を惜しむ碑を立てている。

 『ああ非常の人。非常の事を好み。行い此れ非常。何ぞ非常の死なる』
 これが、玄白の刻んだ碑である。

 「この『禽獣人譜』は、後日、そのお礼にと、源内の遺族から受け取ったものです。
 しかし……」
 玄白は薄暗い奥座から、研水と景山の二人に問いかけた。

 「……本当に源内は、死んだのでしょうか?」
 玄白の問いに、研水はぞわりと背中の産毛が逆立つような悪寒を覚えた。

 「玄白殿、その『改造新書』とやらは?」

 景山の言葉に、玄白は首を振った。
 「どこにも見当たりませんでした」

 平賀源内は、不死の王となって生きている。
 研水はそう思った。
 そして、怪物を造りだし江戸の町に解き放ったのだ。

 「平賀源内の墓を暴く手続きを申請してみよう」
 景山は目を閉じてそう言った。
 「しかし、もはやこれは、わしの手に余るかも知れぬ……」



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