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禽獣人譜・Ⅱ
しおりを挟むカピタンは信じられぬと言ったが、実際にランプの炎であぶっても、火浣布は燃えることが無かった。
結局、源内の才能を認め、カピタンは降参した。
源内は、横目で玄白を見ると、小さく笑った。
まるで子供が「勝ったぞ」と、こっそり仲間に自慢しているような笑みである。
この火浣布は繊維状になった鉱物を使ったもので、今でいう石綿(アスベスト)である。
そして三つ目はカピタンの取り出した、二冊の書物であった。
一冊は精密な線で西洋の草花が描かれていた。
もう一冊は同じく精密な線で西洋の動物や魚介類、昆虫などが描かれていた。本草図鑑である。
「玄白先生、これは、オランダの本草書ですな」
淳庵は描かれた図解に目を奪われたまま言った。
「おそらくは、『紅毛本草』でしょう。
初めて見ました」
玄白も興奮した口調で答えた。
「この動物が描かれているのは、『禽獣譜』ですな」
玄白と淳庵が食い入るように二冊を見ている間、源内は、通詞の耕牛をはさみ、カピタンと交渉をはじめていた。
源内は、この二冊では無く、別の書物を買い入れたいと言っているようであった。
驚くべきことに、源内は途中から通詞を通さず、片言の蘭語でカピタンに直接交渉をはじめた。
この時代、オランダ語を話せるものは数えるほどしかいなかった。
玄白ら蘭学者にしても、和訳された数少ないオランダの書物から西洋の知識を得ているのであって、蘭語を話したり、聞いて理解したりすることはできない。
さらに、源内は蘭語を話せないと聞いていた。
「源内先生、あなたは蘭語が話せるのですか?」
原爆がたまらずに質問した。
「ええ、少しですが」
源内はこともなげに答える。
そして、思い出したように付け加えた。
「玄白先生。
このことは内密にして下さいね。
蘭語が話せると知れると、色々とわずらわしい仕事を頼まれることになりますから。
蘭語を解さぬ源内で、通したいのです」
「え、ええ、分かりました」
源内のあまりの多才さに、玄白は暗い嫉妬すら覚えた。
「ところで、なんの交渉をしていたのですか?」
淳庵が聞くと、源内はテーブルの上で開かれた二冊の書物に視線を向けた。
「これはフランスの植物学者であるドドネウスが記した、西洋の本草図鑑とも言うべき『紅毛本草』。
もう一冊は、ポーランドの博物学者ヨンストンが記した本草図鑑、『禽獣譜』です」
源内は手を伸ばすと、ヨンストンの『禽獣譜』をめくった。
そして、まるてこあの頁を開いたのだ。
人面の恐ろしげな野獣がこちらを見ている。
「私はね、ただの動物ではなく、このように人間とも言えぬ、動物とも言えぬような怪物の専門書が欲しいのです。
『禽獣譜』ではなく、『禽獣人譜』ともいえるような書物がね」
『禽獣人譜』……。
玄白の耳には、その禍々しい響きが刻みつけられた。
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