大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~

七倉イルカ

文字の大きさ
上 下
22 / 204

禽獣人譜・Ⅰ

しおりを挟む

 三年後の明和二年、平賀源内は、杉田玄白との約束を果たした。

 玄白は、中川淳庵と共に、源内の仲介によって、カピタン(オランダ商館館長)が滞在する、江戸の『長崎屋』に案内されたのである。

 招かれた部屋を見た玄白は、目を見張った。
 畳の上に絨毯が敷かれ、そこにテーブルと椅子が据えられている。
 壁際に置かれたテーブルの上には地球儀、ランプ、望遠鏡、オルゴールなどが並べられていた。
 まるで、この部屋だけが異国へと繋がっているような錯覚を感じるほどである。

 淳庵も緊張を隠せない。
 ただ一人、源内だけが、まるで物怖じせず、地球儀に触れ、望遠鏡を手に取って目を当てていた。

 「源内先生」
 そこにある品を壊されでもしたら、とんでもないことになると思ったのだろう、淳庵は、源内を椅子に座るようにうながした。
 玄白も椅子に腰を下ろす。

 玄白が慣れない椅子で尻を動かすうちに、江戸番通詞(通訳)の吉雄耕牛を伴って、カピタンが現れた。
 カピタンは背が高く、黄色がかった波打つ髪と、色のついたビードロ(ガラス)のような瞳をしていた。

 あまりに緊張し過ぎた玄白は、このときの様子を断片的にしか覚えていない。
 その中でも、強烈に覚えていることは三つである。

 一つ目はカピタンの取り出した、タルモメイトルであった。
 「これは、タルモメイトルと言い、気温を測る道具です」
 カピタンの話を聞いた耕牛が、通訳をする。

 それは細かな目盛の入った板に、細長いガラスの管が取り付けられているものであった。
 ガラスの管の中には赤い液体が入っている。
 気温が高くなれば、この液体が上昇し、低くなれば下降するのだと説明された。
 カピタンは、玄白たちに、タルモメイトルを手渡した。
 自由に調べて良いと、自信に満ちた笑顔で言う。

 玄白は、受け取ったタルモメイトルをじっくりと見た。
 ガラス管には、液体を注ぎ足したり抜き出したりするような穴は無い。
 完全に密封されている。
 玄白には、その中で液体が増えたり減ったりするとは思えなかった。

 しかし、試しに順庵が、ガラス管の膨らんだ底の部分を手の平で包んで温めると、たしかに赤い液体は上昇した。

 「どうなっておるのか?」
 玄白は、西洋の不思議な道具に驚いた。
 ところが、さらに仰天したのは、タルモメイトルが源内の手に移った後であった。

 タルモメイトルを手にした源内は、しばらく調べたのちに、平然とこう言ったのだ。
 「……ふむ。
 熱による液体の膨張と収縮を利用したものですな。
 こういうものなら私にも作れます」

 玄白と淳庵は言葉を失い、耕牛の通訳を聞いたカピタンは、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
 口から出まかせを言っていると、思ったのであろう。
 しかし、数年後、源内は本当にタルモメイトルを作りあげてしまったのである。

 二つ目は源内が取り出した火浣布である。
 それは圧縮した四角い綿のような形状をしていた。
 触ると弾力があり、繊維が絡み合っているのが分かる。

 「これは『火浣布』といって、私が作った燃えない布です。
 こういう布はオランダにも無いのではありませんか?」
 この源内の言葉にも、玄白は驚いた。
 源内は学ぶのではなく、オランダという国に挑みに来ているようであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。  だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。 その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...