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先の先・Ⅰ
しおりを挟む剣術には、相手の動きの先を読み、相手が動き出そうとする寸前に、こちらから先手を仕掛ける技法がある。
これを『先の先』と言う。
藤一郎は、化け物が動く拍子を読み切り、動き出す寸前に、その顔を狙って突きを放っていた。
修行の成果が出た一撃である。
が、化け物の反射神経も尋常では無かった。
動きの出鼻に攻撃を受けたにも関わらず、首をひねって切っ先をよけたのだ。
鋭い白刃は、化け物の顔の右を掠め抜ける。
藤一郎は咄嗟に手首をひねり、刃先を水平に倒した。
「ぬんッ!」
そのまま左手を柄から離し、横へと逃げてい化け物の顔を右手一本の横薙ぎで追撃した。
ビチッ!
届いた。
切っ先が肉を裂いた感触が、右手に伝わってきた。
化け物は絶叫をあげると、自分の顔を前肢で掻きむしりながら転がった。
藤一郎は、刀を構え直し、距離を取る。
化け物が、荒い息を吐きながら顔をあげた。
その右目は、鮮血で染まっている。
藤一郎の横薙ぎが、まぶたごと眼球を切り裂いたのだ。
「入り込んだ屋敷が悪かったな……。
その首を晒し、酒の肴にしてやろう」
じりじりと距離を詰めながら、藤一郎は獰猛な笑みを浮かべた。
「覚悟せいッ!」
残る距離を一気に詰める。
迫る藤一郎に対し、化け物は、左回りに背を向けた。
「逃がすかッ!」
自身から見て右側へと回っていく化け物の頭部に、ほんの一瞬、藤一郎の意識が向けられた。
その間隙をついて、逆の左側から何かが風を切って伸びてきた。
「ぬっ!」
気付いたが、かわすことができず、藤一郎は左腕を曲げ、肩口でそれを受けた。
受けた左肩に激痛が走った。
「くあッ!」
肩が引かれる。
藤一郎は、強引に体勢を立て直した。
肩を引っ張ってくる力に逆らったため、肉が裂ける。
その隙に化け物はクルリと回転し、藤一郎に向き直っていた。
血みどろの片目で、ニタニタと笑っている。
笑いながら、四つん這いの姿で背を弓なりに反らし、軽く腰をあげていた。
その腰から、天に向かって、黒い尾がゆらゆらと揺れながら立ち上がっている。
太く長い。
毛のある動物の尾とは違っていた。
細かいウロコに覆われた尾は、ヘビかトカゲのそれを思わせた。
しかも、尾の先端部分に鋭い棘がある。
棘は血を滴らせていた。
藤一郎の血である。
化け物は身体を回す動作に合わせて、尾で逆方向から藤一郎を打ったのだ。
……油断した。
藤一郎は唇を噛んだ。
「あなたッ!」
騒ぎを聞きつけてやってきたのであろう、妻の悲鳴に近い声が藤一郎の耳に届いた。
その悲鳴が合図になったかのように、化け物がとびかかって来た。
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