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安いアパート
しおりを挟む不動産屋で安い賃貸物件を頼むと、紹介される物件は、築年数の古いアパートである場合が多い。
そして、二階ではなく、一階の部屋を紹介される。
古いアパートは、上からの音が響くため、二階より、一階の部屋の家賃の方が安い場合が多々あるのだ。
また、日当たりが悪い場合も多い。
周囲に背の高い建物があり、窓から日が入って来ない。
俺が案内されたのも、そんな安アパートだった。
築年数48年。二階建ての一階。
アパートの後には、大きなマンションが建っている。
室内を見せてもらうと、間取りは風呂無しの1K。
六畳の部屋は和室で、窓を開けると、手を伸ばせば届きそうな近さに、マンションの駐車場を囲うブロック塀がある。
アパートとの隙間は、大人一人がぎりぎり通れるほどであった。
俺にとっては、理想の物件であった。
俺は室内を見学するふりをしながら、不動産屋の男性に気付かれないよう、スマホのストラップを六畳間の片隅にそっと隠した。
達磨のストラップである。
「ご希望の家賃ですと、この部屋ぐらいしか……」
男性が申し訳なさそうに言う。
「ですよね」
俺はそう返しながら、玄関に向かう。
男性は窓を閉め、俺に後から外に出ると玄関に施錠した。
「一晩、考えてみます」
そう言いながら、男性と駐車場に向かって歩き、アパートを離れて行く。
十メートルも離れたところで、俺はポケットに手を入れ、困った顔をした。
「あれ、部屋の中にスマホのストラップを落としたみたいです。
ちょっと取ってくるので、カギを借りていいですか」
「一緒に戻りますよ」
男性は、俺とアパートまで戻ると、玄関のカギを開けた。
「すぐ見つけてきます」
俺は、靴を脱ぎ捨てると、さっき内見した部屋の中に素早く入った。
「あ、ありました」と言いながら、達磨のストラップを拾い上げ、玄関にいる男性から、この位置が見えないことを確認する。
確認すると、音を立てない様にして窓の錠を外した。
そして、「申し訳ありません」と言いながら、達磨のストラップをつまんでブラブラさせながら、男性の待つ玄関に戻った。
うまくいった。
夜。
戻って来た俺は、アパートの正面ではなく裏に回ると、細い路地に入り込んだ。
昼間、内見した部屋の窓に手を当てる。
開いた。
そして、音を立てないようにして、部屋の中に窓から滑り込んだ。
マンションがブラインドになって、通行人に気付かれることもない。
この方法は、犯罪者が違法な商品を郵送で受け取る時に使うと聞いたことがある。
もちろん、俺はそんなことはしない。
旅先での宿代の節約に使っているだけである。
現在、日本一周の貧乏旅行をしているのだ。
これで一夜の宿代が浮く。
何もない部屋だが、リュックサックの中に寝袋は入っている。
一晩だけ泊まらせてもらうだけだ。
明日の朝には出ていく。たぶん不動産屋の人間も気づかないだろう。
「そう言うわけなんです。
だから、その、見逃してくれませんか?」
説明を終えた俺は、拝むように手を合わせ、目の前に立つ半透明の男に懇願した。
男はどんよりとした恨めしそうな目で、俺をじっと見ている。
首でも吊ったのか、口からは紫色の舌が飛び出ていた。
祟られたくない。
呪われたくない。
不動産屋で安い賃貸物件を頼むと、紹介される物件は、いわくつきの事故物件である場合も多い……。
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