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最終章 蛇足
2 オリジン
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「こ、これは……?」
戸惑いの中、パッヘルは周囲を見渡す。
神殿といっても規模の小さなもので、祠といったほうが正しいかもしれない。中心には祭壇のようなものがあり、そこに向かって祈りを捧げる老婆の姿があった。
「彼女は最初のパッヘル。三百年前の、要するにオリジナルのパッヘルってわけね」
「オリジナルのパッヘル……?」
「実際のところは想像でしかないけどね」
ニョルルンはそう言って首をすくめた。
「こんな感じの人だったんだろうなっていうあたしの勝手な想像。だってさ、三百年も前のことなんて分かるわけ無いでしょ?」
その言葉から分かるように、これは彼女が見せている幻だということだ。しかし存在感はやはり圧倒的で、この場にいるようにしか感じられない。
「なんか魔女って雰囲気じゃないんだけど」
老婆の出で立ちを見ての感想だった。彼女は魔女というよりも修道女のような服装をしていた。
「もともとパッヘルは神に仕える身だったらしいわ。でも、悪魔教との抗争中にさらわれて、半ば生贄のような形で魔女に祀り上げられたの。彼女の時代のパッヘルの記録があまり残っていないのはそのせいね。悪魔の力――すなわち魔力を、彼女は封印していたんだと思う」
「なるほど……」
生贄……想像すると気が滅入りそうな話だったので、敢えて聞き流すことにする。
「彼女は今、夫に別れの挨拶をしているところよ」
「別れの挨拶……?」
魔女パッヘルにとっての夫とは、つまり悪魔アスモスということか。
「死の際に、魔女は悪魔にその力を還すの。つまりは契約の解除ね。彼女はもう寿命を終えようとしていた。自らの死を悟って、こうして魔力を還しにこの祭壇を訪れたの」
ふと女性が立ち上がった。先ほどまでの穏やかな顔から一転し、何かに怯えるような表情に変わっている。
「どうしたの?」
ニョルルンは深い溜息をついた。
「契約の解除は成立しなかった。その理由としてはおそらく、悪魔アスモスがパッヘルの死を受け入れられなかったことにあるんだと思う。きっと、アスモスは本気でパッヘルを愛していたんでしょうね」
「そんな……」
「とにかく、それが始まりよ。アスモスは自分に還された魔力をはじき返した。次のパッヘルのもとにね」
突然轟音が鳴り響いた。
何ごとかと見やると、人の大群が大きな足音を立ててこちらへ迫ってくるではないか。
そう、いつの間にかまた景色が変わっていた。今度はだだっ広い平野のような場所だ。
そして、自分たちを挟んで大群と対峙する一人の少女の姿に気づいた。まだ十歳前後ぐらいに見えるが、大群を前にしてまるで物怖じしていない。
「二代目のパッヘルの頃には、魔女はもう討伐の対象になっていた。国を追われた彼女は、人が立ち寄らない禁忌の森に居を構えた」
少女が軽く合図をすると同時に、平野だった場所から次々と木が生えてきた。混乱する兵士たちを囲うように、瞬く間に森が出来上がった。
少女は森の存在を魔法で隠し、この場所へ兵士をおびき寄せたということだろうか。
草木の間から魔物たちが一斉に飛び出し、兵士に襲いかかる。その様子はまさに阿鼻叫喚というもので、パッヘルは目をそらさずにはいられなかった。
「あの子が二代目のパッヘル……?」
「まあ、あくまであたしの想像だけどね。二代目以降、パッヘルの姿はその女性がパッヘルになった時のまま固定される。長い歴史の中では、あんな子供みたいな見た目のパッヘルもいたと思うよ」
魔物たちと勝利を分かち合い、笑みを見せる少女の顔をパッヘルはじっと見つめていた。
あの子が死ぬ時、その魔力はまた次のパッヘルに受け継がれる。
彼女たちが紡いできた歴史の先に、今の私がいる……?
戸惑いの中、パッヘルは周囲を見渡す。
神殿といっても規模の小さなもので、祠といったほうが正しいかもしれない。中心には祭壇のようなものがあり、そこに向かって祈りを捧げる老婆の姿があった。
「彼女は最初のパッヘル。三百年前の、要するにオリジナルのパッヘルってわけね」
「オリジナルのパッヘル……?」
「実際のところは想像でしかないけどね」
ニョルルンはそう言って首をすくめた。
「こんな感じの人だったんだろうなっていうあたしの勝手な想像。だってさ、三百年も前のことなんて分かるわけ無いでしょ?」
その言葉から分かるように、これは彼女が見せている幻だということだ。しかし存在感はやはり圧倒的で、この場にいるようにしか感じられない。
「なんか魔女って雰囲気じゃないんだけど」
老婆の出で立ちを見ての感想だった。彼女は魔女というよりも修道女のような服装をしていた。
「もともとパッヘルは神に仕える身だったらしいわ。でも、悪魔教との抗争中にさらわれて、半ば生贄のような形で魔女に祀り上げられたの。彼女の時代のパッヘルの記録があまり残っていないのはそのせいね。悪魔の力――すなわち魔力を、彼女は封印していたんだと思う」
「なるほど……」
生贄……想像すると気が滅入りそうな話だったので、敢えて聞き流すことにする。
「彼女は今、夫に別れの挨拶をしているところよ」
「別れの挨拶……?」
魔女パッヘルにとっての夫とは、つまり悪魔アスモスということか。
「死の際に、魔女は悪魔にその力を還すの。つまりは契約の解除ね。彼女はもう寿命を終えようとしていた。自らの死を悟って、こうして魔力を還しにこの祭壇を訪れたの」
ふと女性が立ち上がった。先ほどまでの穏やかな顔から一転し、何かに怯えるような表情に変わっている。
「どうしたの?」
ニョルルンは深い溜息をついた。
「契約の解除は成立しなかった。その理由としてはおそらく、悪魔アスモスがパッヘルの死を受け入れられなかったことにあるんだと思う。きっと、アスモスは本気でパッヘルを愛していたんでしょうね」
「そんな……」
「とにかく、それが始まりよ。アスモスは自分に還された魔力をはじき返した。次のパッヘルのもとにね」
突然轟音が鳴り響いた。
何ごとかと見やると、人の大群が大きな足音を立ててこちらへ迫ってくるではないか。
そう、いつの間にかまた景色が変わっていた。今度はだだっ広い平野のような場所だ。
そして、自分たちを挟んで大群と対峙する一人の少女の姿に気づいた。まだ十歳前後ぐらいに見えるが、大群を前にしてまるで物怖じしていない。
「二代目のパッヘルの頃には、魔女はもう討伐の対象になっていた。国を追われた彼女は、人が立ち寄らない禁忌の森に居を構えた」
少女が軽く合図をすると同時に、平野だった場所から次々と木が生えてきた。混乱する兵士たちを囲うように、瞬く間に森が出来上がった。
少女は森の存在を魔法で隠し、この場所へ兵士をおびき寄せたということだろうか。
草木の間から魔物たちが一斉に飛び出し、兵士に襲いかかる。その様子はまさに阿鼻叫喚というもので、パッヘルは目をそらさずにはいられなかった。
「あの子が二代目のパッヘル……?」
「まあ、あくまであたしの想像だけどね。二代目以降、パッヘルの姿はその女性がパッヘルになった時のまま固定される。長い歴史の中では、あんな子供みたいな見た目のパッヘルもいたと思うよ」
魔物たちと勝利を分かち合い、笑みを見せる少女の顔をパッヘルはじっと見つめていた。
あの子が死ぬ時、その魔力はまた次のパッヘルに受け継がれる。
彼女たちが紡いできた歴史の先に、今の私がいる……?
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