上 下
55 / 60

第51話 奴隷商、反攻に転ずる

しおりを挟む
ラエルビズの兵士は強くはなかった。

剣技に優れたものがいるわけではない。

優れた指揮官がいるわけもない。

ただただ数の暴力だ。

こちらが何十、何百と相手を倒しても繰り出される兵士たち。

戦いが始まって、3時間以上……

さすがに僕達も疲労の色が濃くなっていく。

赤蛇隊と青熊隊も怪我人が少しずつ増えていった。

「敵、撤退を確認」

これで何度目の撤退なんだ?

いい加減、諦めてくれないかな……。

「シェラ、疲れは大丈夫か?」
「問題ない。イルス、これを飲め」

……物凄く嫌な予感しかしない。

どうせ……

「惚れ薬違う。ただの回復薬」

……。

「どうした? 飲めないほど、疲れたか?」

シェラの動きは早かった。

僕には一瞬のことで何がなんだか分からなかった。

……どうして、僕はシェラと口を合わせているんだ?

ゆっくりとシェラの口から流れ出る液体……。

吐き出すことも許さなれない力で完全に顎を抑え込まれる。

つい、飲み込んでしまった……

シェラがゆっくりと離れていく。

「な、な、何しているのよぉ! シェラ! 貴女、一体……」
「飲めないなら飲ませる。これ、常識」

信じられない。

体から嘘のように疲れが取れていく。

それどころか、さっきよりも調子がいいくらいだ。

「だからって、キスすることないじゃない!! 私だって!!」

や、やめ……

マギーの口づけはそれは荒っぽいものだった。

蹂躙……

まさにその言葉にふさわしく、舌を滑り込ませてきて……

「マギー!! 何をするんだ!!」
「だって、シェラが……」

まったく……。

僕は今一度、マギーと口を重ねた。

「ロッシュ……」
「シェラだって悪気があったわけじゃない。許してやってくれ」
「うん」

マギーの背中越しに見たシェラは笑っていた。

舌なめずりをする姿はとても妖艶に僕の目に映っていた。

「シェラ?」
「元気もらった。また、行ってくる」

どう言う事だ?

「やれやれ、シェラにも困ったものじゃな」

だが、助かったのは事実だ。

ふいに口づけをしてしまったが、あれは治療行為だ。

気にしないほうがいいだろう。

それよりも……

「カーゴ!」
「へい」

この辺りが潮時だろう。

これ以上、この森で戦っていれば、いずれ疲弊した側に敗北をもたらす。

だったら、反転攻勢に出る。

そのチャンスは今しかない。

向こうも度重なる敗戦によって、士気は低下しているはず。

それに陣形にも乱れが生じているという報告も入っている。

「今より、攻勢に出る。皆を集め、一気に山を駆け下るんだぁ!」
「へい!!」

僕は一気に山を下った。

敵兵の姿はない。

思った以上に敵側も混乱しているのかもしれない。

無理もない。

相手はたかが百足らずの弱兵。

それがここまで粘るなど、誰が想像しただろうか。

それでも僕達が攻撃を仕掛ける機会は今以外にない。

「駆けろ!! 駆けろ!!」
「おおう!!」

僕が持っている剣は二つある。

一つは王宮から持ち出した剣だ。

苦楽を共にした……というのは大袈裟だが、幼少より持たされた剣だ。

子供の頃は重くて持てなかった。

王国の鍛冶師が作ったという一品だ。

この戦いで何人と人を斬ったが、刃こぼれ一つない。

きっと、持ちこたえてくれるはずだ。

もう一つは……

ブラッドソードだ。

血のような真っ赤な刀身は禍々しさすら感じる。

長さは一般的な剣だが、重さを感じないほど軽い。

武器と言うよりは、子供の稽古用の剣と言った感じだ。

正直、戦場で使い物になるとは思えない。

それでも僕はこの剣を腰にぶら下げる。

初代様の力を貸してもらえる……そんな気がするから。

「見えた!! マリーヌ様」
「全く、人使いが荒いのぉ」

爆風が相手敵陣深くにぶつかる。

しかも、連弾。

相手からも魔法が飛んでくるが、どれもが見当外れの場所に当たる。

「今だぁ!!」

相手が態勢を立て直す前に一気に攻める。

マリーヌ様をちらっと見る。

もう、元の姿だ。

魔法はもう当てには出来ない。

僕達はラエルビズ本隊の最右翼に激突していった。

ここを突破することが最短でイルス領に向かえる。

「者共! 踏ん張れ!」
「おおう!!」

赤蛇隊は絡みつくように相手に取り付き、一人ずつ殺していく。

まさに当たるものを尽く殺しているようだ。

青熊隊は……

「なんだ、あれは……」

大きな体をしているのが特徴の青熊隊。

その者たちの体が更に大きくなっている。

繰り出される拳で三人は軽く吹き飛ばしている……

なんて力なんだ。

だが、僕はショックを隠せないでいた。

「鎧が全て吹き飛んでしまっている、だと」

青熊隊は全員、上半身が裸だ。

せっかく、子爵領で調達した最新の鎧だったのに……

「くそっ! 絶対に弁償させてやるぅ!!」

愛剣で手当たり次第、敵を切り伏せていく。

相手は……

「新手、来ます」

そう易易と突破はさせてくれないか。

「皆!! 新手が来るぞぉ!! 青熊隊、当たってくれぇ!!」
「おおう!!」

90人足らずの青熊隊が千を越す相手にぶつかっていく。

なんとか一進一退だが……

「イルス様! さらに後続がやってきます」

くそっ!!

やっぱり、無理があったのか。

このままでは包囲されてしまう。

どうする……。

「イルス様!! 赤蛇隊、苦戦しております。ご命令を!!」

一旦、集めるか?

いや、それをやれば……

「撤退だ!! 元来た道に戻るんだ!!」

混戦の中、誰にも僕の言葉は耳に届かない。

このままでは全滅してしまう……

その時だった……

敵陣後方……

大きな悲鳴と共に、人が高く飛び上がっていた。

……来たか!!

「皆のもの、突撃だぁ!!」
「おおう!!」

サヤサ率いるフェンリル達が大きく迂回路を使って、相手の後方を攻め込み始めたのだ。

「この機会を捨てるなぁ!!」

僕はあらん限りの声を張り上げ、一団となった仲間たちと正面にぶつかっていた。

これなら逃げ切れる……

そう確信したとき……

僕達は吹き飛ばされていた……。

「何が……起きたんだ?」

敵隊をかき分け、やってきたのは……最強最悪と名高い魔法師団。

それと敵将……ラエルビズ卿だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

異世界で買った奴隷がやっぱ強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
「異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!」の続編です! 前編を引き継ぐストーリーとなっておりますので、初めての方は、前編から読む事を推奨します。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

処理中です...